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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています

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多摩の光おもろそう

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今回安田靫彦の「黄瀬川陣」はポスター展示だったけど、そもそも実物が近美所蔵品で、ポスター展示だけというのは意味がわからなかった。

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安田靫彦の作品、さっきたまたまXでツイート見たけどこういうのめっちゃ展示してほしかったな

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人間と物質展の図録、11,000円かとおもったら110,000円じゃねぇか

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ついでに椹木野衣「日本・現代・美術」に「アンフォルメル以前」という宮川批判が載っているので読みなおしてみたところ、これはたんにムチャクチャなだけの文章だった。ていさいだけは批評っぽさを装っているだけにタチが悪い。

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まぁ俺の描いたドット絵オウムガイでも見てよ

ドット絵で描いたオオベソオウムガイ
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宮川の制度論が、具体的な国家による美術制度の形成とかまで行かなかったのが、いまだと若干中途半端な哲学的思索とうつってしまうけど、そういう具体的な制度論(北澤らによる)がでてくるまでに必要だったのは、ポストコロニアリズムだったとおもう。ポストコロニアリズムによる近代の相対化がなければ北澤のモダニズムの発生を思考する発想はたぶんなくて、宮川がそうだったように哲学的な制度論にとどまっていたとおもう。全共闘と三島が議論する内容が異常に哲学的なのを見ていると、そうなんだと思う。

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ところで、中原にせよ宮川にせよ、制度批判的な文脈と一種のアナーキズム的な感性がありつつ、批判の対象となる「制度」のなかに国家というものがほとんど見えてこないのが、びっくりする。だから「近代」も「美術における近代」みたいな論点に閉じている面があり、美術が具体的にどのように制度化されてきたかをまったく論じようとしない。このとき論じられなかった対象が北澤憲昭とか佐藤道信とかになるのだから、かなり先の話だ。

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「アンフォルメル以降」を最初に読んだのがもう何年前なのかわからないけど、論じられている内容があんまりわかっていなかった。というかアンフォルメルがそんなに重要だったというのが理解できていなかったんだけど、中原を読んで、アンフォルメル以前と以降でははっきりした切断があり、その流れが読売アンパンの中期から後期、ハイレッドセンターの美術外美術の活動を生みだしている。こういうのを単にわかっていなかったんだけど、その理由もいま振り返ってみれば2000年ころのアメリカ美術批評言説の輸入とその言説空間のなかで自分が思考していたからで、日本でアンフォルメルが切断したものをこの言説は塗り潰していたとおもう。

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先日三島対全共闘のこの箇所見直していて、宮川とか中原読んでおもったけど、全共闘も三島もおそらく宮川とか中原とかのこのへんの論争読んでいるとおもう。 https://hollo.tenjuu.net/@tenjuu99/0198ecea-e7cb-79f8-bfb9-e3c90b251798

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https://youtu.be/Ynt2dWQytZg?feature=shared 机がその本来の機能を剥がされバリケードとして利用されるには、まず机が事物として扱われて機能が剥がされることが必要で、それが可能になるのは諸君が生産諸関係から疎外されているからではないかという三島の喝破、あきらかに同時期のアメリカでのヒッピームーブメントと呼応している指摘だな。革命の主体は従来の理屈では労働者という生産関係に埋め込まれた存在だけど、この時期には別な主体の可能性が模索されている、といえばまあ聞こえはいいが、革命の主体としての理論的根拠はたぶん作れない。

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宮川淳の全体を把握できるかはともかくとして、中原佑介の「コラージュふうな戦後美術の歩み 一九五六〜六七」を読んでから宮川の「アンフォルメル以降」を読むと、状況がかなり掴める https://dl.ndl.go.jp/pid/2516718/1/117

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宮川の制度論も重要だし、ちゃんと追いかけておきたい流れではあるんだけど、どこかで腑におちないできたところもあったのが、この中原の論考はかなりそれを補うものだった

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中原の「物質から「空間」へ」という論考、読売アンパン後期から「人間と物質」展にかけての作品群の傾向の抽出で、インスタレーション論の嚆矢とも言えそうだが、いま読んでもかなり重要な論点がある。というかギャラリーで展示をなんどかしてもらって、気付いたことはまさにこういうだった。空間が行為の場としてあり、それによって空間の意味が変容する。それはもう現代の美術にとってわりと基礎的なところだとおもうけど、そういえばこのことがあんまり言語化されてきているわけでもない気がする。 https://dl.ndl.go.jp/pid/12417432/1/39

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中原佑介「人間と物質のあいだ」も読めるぞ https://dl.ndl.go.jp/pid/12417432

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宮川淳著作集、NDLで読めるじゃん https://dl.ndl.go.jp/pid/12417567

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小林秀雄「近代絵画」(1957)が、フォーマリズム史観を最初にバラまいた犯人だという指摘を読んで、あそうかとなんか納得した。

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宮川淳「アンフォルメル以降」(1963)をかなり久しぶりに読みなおしてみて、これほぼマイケル・フリードの「芸術と客体性」で論じられていたものを別な観点から論じている内容だな...。

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CatGPT.

A cat sitting inside a PC.
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以前書いていた「コーディングエージェントは非決定性を持ち込むところがいままでの(バイトコードや機械語を生成するような)コンパイラとは違うところだ」という話からさらに一歩踏み込んで「それによって起こる”ブレ“をどのように織り込むかと言う、ほかの工学と同じような問題に情報工学も取り組む必要が出てきそう」という主張がされていてなるほど、となった bliki-ja.github.io/202508-ai-t

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宮川淳でも読み直すか...

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読売アンパン打ち切りの翌1964年に、アンデパンダン展の自主開催をした人たちと、他方でアンデパンダン展の意義はもう終わったとする人たちが「オフ・ミューゼアム展」を開催した(椿近代画廊)。後者を実行したのは、読売アンパンの後期に活躍した篠原有司男とか中西夏之とか、そういうの。1962年に「山手線事件」のパフォーマンスが行われ、美術制度の外部でパフォーマンスをはじめる。1968全共闘の「解放区」のような思想と、ハイレッドセンターの活動はかなり親和性が高い。

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アンフォルメルが戦前・戦後の切断線だったというのはなんとなく知っていたけど、ただあんまりイメージはできていなかったのが、かなりクリアに理解できた。ポロックも具体も「アンフォルメル」で、それは当時、拒否の身ぶりと行為への志向として受け止められたのだった。

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同書の「コラージュふうな戦後美術の歩み」がかなりおもしろく、いろいろな示唆があった。この文章は1968年に篠原有司男「前衛の道」のために書かれたもので、アンフォルメルと読売アンデパンダン展について詳しく書かれている。読売アンパン1963年に第15回をもって終わるけど、1960年にネオダダ・オルガナイザーが結成され、「反芸術」でめちゃくちゃな展示がこのころおこなわれるようになった。もうちょっと前からアンフォルメル旋風が吹き荒れていたが、これは従来の制度内絵画・彫刻にたいして行動への欲求があったからアンフォルメルだったので、安保闘争が1960年にあったことを考えるとアンフォルメルとはその対応形態とも言える。ただ、安保闘争が民主化闘争だったのに対し、アンフォルメルを通過して破壊的な「反芸術」にいたった芸術家たちは、読売アンパンが終わるというときにアンデパンダン展の「民主的な」運営にはまったく関心を示さなかった。民主主義には関心がなくて、行動への欲求そのものが重要だった、というのが読売アンパンをめぐる芸術家らの実体だったとして、そのあたりまで60年安保と対応しているのかどうかはわからない。ただ、このあたりを補助線として68年全共闘とか人間と物質あたりまでは考えることができそうには思う。

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一通り読んだ。プロレタリア芸術運動、シュルレアリズム、戦争美術について論じられた後半部分は、かなりおもしろかった。

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"赤の思想が疫病のやうにひろがった時、絵画の方にもプロレタリア美術の旗幟のもとに、至らざる技術を以て労働争議や階級闘争をあじることを心がけた作品を集め、真の大衆に訴ふるよりも階級闘争や赤の思想に共鳴する無産青年達を昂奮せしめるやうな運動が行はれ、官憲からも相当の圧迫を受けたが、其等の系統の作家達は今大抵転向して真面目な写実家に出直した。" 石井柏亭、日本絵画三代志

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「方寸」に発表された山本鼎らの作品が、写実的であるがゆえに版画の独自性の自覚から程遠いものだった、とか、もうめちゃくちゃ過ぎて話にならない

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黒田清輝ら白馬会のいわゆる「外光派」のあとに「ロマン主義」が栄えたと言うのだが、ロマンチックな雰囲気を持っている傾向を「ロマン主義」と呼んでいるだけで、美術史上のロマン主義とはなんの関係もない。

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中原佑介の「日本近代美術史」、現代の美術史の水準からするとだいぶ無茶苦茶で、日本近代美術史の言説史でもやるのでなければほとんど読む価値がない

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1950年代に書かれたテキストだからって、由一の明治10年作「東京十二景」を「絵ハガキの機能を兼ね備えなければならなかった」とか書くのは雑すぎる。郵便事業の開始はまあ明治4年くらいにあるけど、絵ハガキなんて当時ないよ。重要な箇所じゃないんだけど、こういう雑さがかなりひっかかる。

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1950年代だとしょうがないのか...?

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