tenjuu99(天重誠二)
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富井玲子「オペレーションの思想 戦後日本美術史における見えない手」読みはじめた。おもしろい。

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富井玲子「オペレーションの思想 戦後日本美術史における見えない手」読みはじめた。おもしろい。
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キュレーションの手付きが見えるかどうかは、史料と解釈の関係が明示的で、鑑賞者がその中に入っていろいろ考えることができるということにあるんじゃないかと思う。
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このマティス展と逆の事例として想定しているのが、近美の「記録をひらく 記憶をつむぐ」展で、ここでは史料と解釈の関係は明示されていて、物語化をあえて拒んでいる。 https://hollo.tenjuu.net/@tenjuu99/0199162e-50db-7051-8b43-44d746aca0a9
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展覧会のキュレーションの手法として、ある作家を制作時期に沿って配列していって、読解可能な物語が成立していることがしばしばあるけど、それは当然無垢に配列していったらそうなるということではぜんぜんなく、未来から先取りして物語として再構成しているからそうなる。書いてしまえば言うまでもないことだけど、この物語化のなかでかなりの情報が捨てられることになり、かつ編年体的構成によって真実性のようなものが増す。物語性のある編年体構成は、自身の取捨選択という手口そのものを隠し、そこから「何が捨てられたか」を忘れさせてしまう。
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トーマスラムネの顔面とか集めてた
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オーストラリア現代美術 彼女たちのアボリジナル・アートのレビュー、この手の展示のレビューの難しさを感じる https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/echoes-unveiled-artizon-museum-review-202508
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梅原龍三郎「北京秋天」は、いま近代美術館での戦争画の展示にも出ているが、梅原は主観的には北京には旅行しただけだった。1937年から日本と中国は交戦中であるが、北京には日本の傀儡政権がある時期だろう。このURLの説明をだれが書いたかはわからないが、梅原はまるでただの旅行に行っただけのようだ。
"1939年に満州国美術展の審査に招かれて渡満した梅原は、その帰途はじめて北京を訪れて以来、すっかりこの大陸の古都の美しさに魅せられてしまい、43年まで毎年同地を訪れては制作に励んでいる。" https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/53491
ちょっと気になるのだが、梅原は戦後にも中国の風景を描いているのだろうか。近美の所蔵作品リストを見るとヴェニスとかカンヌとかはあるが中国はないように思う。 https://search.artmuseums.go.jp/sakuhin_list.php?sakka=1572&page_from=detail#;
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戦前の植民地主義の隠蔽語りは、日本に特有のことではないように思われる。
以下の記述は、2023年マティス展のカタログからの引用だが、これを書いたのはフランスの学芸員(美術史家?)である。
"マティスの「オダリスク」は––アングルやドラクロワのオリエンタリスム(東方趣味)絵画とは違って––単なるモティーフでも画題のカテゴリーでもない。それは絵画の構成要素そのもののあいだに生まれる緊張の調整という観点から絵画表面を考える、新たな発想を指しているのである。"
https://blog.tenjuu.net/2023/04/henri_matisse
マティスの行動と制作を見れば、伝統的なオリエンタリズムとつながっていることは自明であるのだが、伝統的なオリエンタリズムからの切り離しと、マティスの旅行先が植民地であったことへの記述がないこととは、一連の語りである。マティスは、ただ旅行し、ただ絵画を描いたことになる。
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この「近代化」という物語は、おどろくほど強いと、いろいろなところで感じる。いい言い方ではないが、土着的信仰のようなものがある。
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こうした隠蔽を正当化するのが、「近代化」という物語であり、もはや当初の形すらわからなくなった進歩史観である。
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これは、2023年のマティス展のことを想起しながら書いている。あの展示では、マティスの造形的発展が物語化され、マティスの旅行も戦争もないが如くだった。マティスの旅行はアルジェリアやモロッコ、タヒチなどで、だいたいフランス植民地である。彼が光を求めてこうした国に行ったのも、ゴーギャンという先例があり、脱西洋的な文脈意識でやっているわけだけど、こうした文脈はすべて切り捨てられる。
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展覧会のキュレーションの手法として、ある作家を制作時期に沿って配列していって、読解可能な物語が成立していることがしばしばあるけど、それは当然無垢に配列していったらそうなるということではぜんぜんなく、未来から先取りして物語として再構成しているからそうなる。書いてしまえば言うまでもないことだけど、この物語化のなかでかなりの情報が捨てられることになり、かつ編年体的構成によって真実性のようなものが増す。物語性のある編年体構成は、自身の取捨選択という手口そのものを隠し、そこから「何が捨てられたか」を忘れさせてしまう。
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必読っぽい
書評:萩原弘子『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』 https://bijutsutecho.com/magazine/insight/31265
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これ見てみるか。案の定のレビューであるが。
ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0774YY2TW/ref=atv_dp_share_cu_r
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李垠さんは、三・一独立運動のころには陸軍将校、関東大震災にも日本陸軍軍人として対処せざるを得なかったとおもうのだが、どんな心情だったのかはまったく想像がつかない。
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方子さんは、韓国内での誹謗中傷にもめげずに障害児教育にたずさわり倫理的に優れた人物だとおもうのだけど、日帝時代の同化主義の残滓でもあり、こういう人が韓国社会でそれなりに尊敬され(どのくらいかはわからないが)、それを韓国軍事政権が利用するというのは、歪さがある。ポストコロニアリズムというが、具体的な権力機構のなかに、まさしくコロニアリズム自体が機能しているのだとおもわされる。
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李垠さんと李方子さんのことをまったく知らなかったのだが、夫の李垠は李氏朝鮮の皇族で、幼少時から日本で育てられ(兄が皇帝だが子をなせなかったためほぼ人質として育てられている)、正規の日本軍人で、方子は日本の皇族。終戦で李垠は公職追放もされ、ふたりとも国籍を失う(李承晩に嫌われたため韓国籍を取得できなかったらしい)。1961年に朴正煕が李垠に会いに訪れ、訪韓を歓迎すると伝え、翌62年には韓国籍を取得する。1970年李垠没後、方子は韓国で障害児教育にたずさわり、全斗煥政権下で勲二等が授与されている。 https://ja.wikipedia.org/wiki/李垠 https://ja.wikipedia.org/wiki/李方子
ずいぶん複雑な人生で、おそらく二人とも尊敬できる人そうだなとおもうんだけど、朴正煕とか全斗煥にあきらかに利用されてもいて、あと李垠の日帝軍人時代の部下とかがたぶん韓国建国時に軍部として活動している。朴正煕も日帝の軍人だった。韓国右派のイメージがまったくつかなかったのだけど(ネトウヨは想像つくが)、このふたりの活動を見るとずいぶんイメージが具体的になった。李方子さんは戦前、日鮮融和の象徴として活動していたわけだし、戦後の韓国での活動は本人の意識とは無関係に、存在じたいに日鮮融和のイデオロギーが機能してしまう。
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なぜ美術館は人が休むことを拒むのか
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眺めのいい部屋、名前なんとかならんかとは思うけどそれはともかくとして、昔あった自販機を復活させてほしい
@hito_horobe@fedibird.com
国立近代美術館の眺めの良い部屋という休憩コーナーにハーマンミラーの本物イームズチェア(ひとつ15万する)が大量に置いてあって、美術品だけでなくこんなところまで高いんだ、と思って怖くて座れなかった
@clnmn@fedibird.com
わたしがときどき思う「ほんとにみんなこんなことを?」IT版は、何千万人(?)もの人びとがJISキーボード左上の半角/全角キーで入力モードを切り替えているらしいこと。あと、何億人(?)もの人びとがKindle本はスマホアプリから購入できないことを理解しブラウザでサイトを開いて購入しているらしいこと。
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机の天板がデカければデカいほど物が置けるようになり作業スペースが縮小する
@omasanori@mstdn.maud.io
机の天板はデカければデカいほどいいと見せかけてそれは罠で小さい方がよかったりする?
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これはめちゃめちゃモヤっとしそうだわ https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/prism-of-the-real-the-national-art-center-tokyo-report-202509
こういうのとか...。
"経済成長と政治的安定を実現した日本はほかのアジア地域と比較して魅力的な場所となり、80年代から多くの海外アーティストが来日するようになった。"
あと、「レンズ3: コミュニティという未来」とか、90年代にいきなりDIY精神によってオルタナティブな美術活動がはじまったとでも?歴史をふりかえる展示なのに歴史性を無視しすぎでは??
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行ってから考えるべきなんだろうけど、なんかアブジェクションっぽさを強調されている印象なのも気になる...
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https://art.nikkei.com/prismofthereal/curatorial/ これ気になるから行くとおもうけど、「戦後、政治の安定を得て、経済成長を遂げた日本」とか、「戦後生まれのアーティストたちは過去の重みを踏まえながら戦争や核のトラウマ、植民地支配の記憶といった課題に取り組み、歴史の通説を疑ってその読み直しを行いました」の章が「過去という亡霊」と題されているのとか、ちょっとウッとなっている。植民地主義の問題って過去という「亡霊」ではないのでは?植民地主義を「過去の亡霊」とするような視点と、戦後に政治が安定したとする視点は整合性があるとおもうけど...(「もはや戦後ではない」)。
@mtn_river@misskey.design
気になる新刊
『高尾山の社会史』金川 英雄, 青弓社, 2025
高尾山はそもそも修験道の霊場であり、「精神病」患者を受け入れて滝治療などもおこなっていた事実はあまり知られていない。歴史的にどのような存在として、人々や地域に受け入れられてきたのか。https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787221070/
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In-Mates は検閲にフォーカスがあたりがちだけど、作品としてちゃんと検討される必要がある
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東京都人権部 人権とは https://youtu.be/5QE1uREw_OQ?feature=shared
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東京都、まじでホラーすぎる https://youtu.be/F55jSTXyi1g?feature=shared&t=704