サトマキ
@satomuch@fedibird.com · Reply to サトマキ's post
弊noteで恐縮ですが、初めて『In-Mates』を観た方へ、こちらのnoteにあるリンクを色々見ていただけるとだいぶ膨らむかと。
https://note.com/away/n/n7d693776386e

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · 190 following · 134 followers
読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
| SPACE NOBI | blog |
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@satomuch@fedibird.com · Reply to サトマキ's post
弊noteで恐縮ですが、初めて『In-Mates』を観た方へ、こちらのnoteにあるリンクを色々見ていただけるとだいぶ膨らむかと。
https://note.com/away/n/n7d693776386e
@satomuch@fedibird.com · Reply to サトマキ's post
Jaewon Kimさんの『In-Mates』レビュー再掲。
https://note.com/zaigen/n/ncc8a7d2d1e54
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
まだギリ駆け込みで見れるぞ https://vimeo.com/1114809372
@sasamikunsei@mastodon.social
飯山由貴さんのIn-matesもう公開おわりそうや!
https://vimeo.com/manage/videos/1114809372
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
妙にリアルな書きぶりで、ぜんぜん謝る気がないのもおもしろい https://www.yomiuri.co.jp/politics/20250902-OYT1T50163/
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao なんかあったの
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
"其の時代其の思想に合い其の社会の知識に適せざるべからず。(略)必ずや今日の社会今日の思想に適する美術無かるべからず。本会は即ち此の明治時代の美術を振興するを以て目的と為す物なり(「明治美術会趣意書」)"
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
最初期の洋画団体が「明治美術会」と時間的な区分を名称に用いたのに対し、日本画系統のグループが「日本美術協会」だの「日本画会」だの「日本美術院」だののきなみ「日本」と名乗ったのは、ちょっとおもしろいな。初期洋画にとって重要だったのは、いってしまえば現代的であるということだったから時代区分としての「明治」を冠したけど、日本画グループはそうじゃなかった。
@satomuch@fedibird.com · Reply to サトマキ's post
早尾貴紀さんのFB転載(2/2)
しかし、それを言ったら、「パレスチナ問題を考える」という学習会もイスラエル批判だから政治的でアウト、「性差別問題を考える」という学習会も政策批判になるから政治的でアウト、いや、「コメ不足問題を考える」とかも農政批判だから政治的でアウト、ってことになるでしょう。
つまり、生涯学習を支える放送大学(山梨学習センター)は、「政治には関心を持つな」「社会には関心を持つな」ということなのでしょうかね。
ということで、このテーマで会場貸し出しをする施設は普通にあって他の施設を確保しましたので講演会は開催できるのですが、「拒否」では済まされないので、放送大学山梨学習センターには、貸し出し拒否判断について質問状を送りました。どうなることやら。つまり、生涯学習を支える放送大学(山梨学習センター)は、「政治には関心を持つな」「社会には関心を持つな」ということなのでしょうかね。
(転載以上)
政治的、政治的って言って差別やレイシズムへの直視を避けるムーブが極右の跋扈に繋がっているのですけどね。いい大人たちがいつまで逃げ続けるのだろうかと思います😡
こういうのジワジワやばいよねって思う。行ける人は行こうぜ山梨。
@satomuch@fedibird.com
早尾貴紀さんより他のSNSでも是非シェアしてくださいとのことなので許可を頂いて転載(1/2)
【放送大学山梨学習センターによる講義室貸し出し拒否案件について】
市民団体「マイノリティ協働アクション山梨」で、外部講師(レイシズム研究者の大学教員)を招いて市民向けの公開講演会を開催すべく、放送大学山梨学習センターに講義室の貸し出しを申請したところ、「内容が政治的である」という理由で、貸し出しを拒否されました。
私から担当者に、「市民団体が、『差別の歴史や構造を学び人権を守れる社会を目指しましょう』ということで、大学研究者を招いて開催する公開講演会が、『政治的』で講義室貸し出しに不適切だということですか?」と問いただすと、「そのように判断したということです」とのこと。
いやはや。あけすけに「政治的」と言ってしまうあたりが本音丸出しで、部屋が空いてるのに「すでに他の予約で埋まってます」とか嘘でやんわり拒否されるよりも、この社会の問題が可視的になるのでまだマシかも知れませんが、それにしてもです。
もちろん、レイシズムに反対する、しかも官製レイシズムから民衆レイシズムまで対象に考える、という営みは政治的でないとは言えないでしょう。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
関東大震災の朝鮮人虐殺も、移民排斥感情からきたものと考えると、ほんとうにいま見られるべき作品だと思う。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
明日まで、ぜひ見てください
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
飯山由貴「In Mates」 https://vimeo.com/1114809372
関東大震災にちなんで明日まで公開になっていると思いますが、この作品で話題になっている精神病院で亡くなった二人の患者は、百年前に労働力として移民化したコリアンで、いまの移民排斥の状況をそのまま投影しながらみてしまった。
@Azukyuda@mstdn.jp
ロマンス詐欺がロマンスすぎる
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
つい crowdworks で「ライター募集」を見てみたが、だいたい1文字1〜1.7円とかで、すごいのだと0.6円とかある。しかもトライアルだと3000文字で1000円で、かつ医療分野。どんなデマ記事が出力されるのか知らないけど、この条件でもいちおう応募がある。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
これほんまそうなぁ。これもwebメディアがGoogleというプラットフォームに食われたからだけど...。
"ライターが食えない時代になったという話題をこのところよく見かけるけれど、私が思うのは、基本的にライターっていうのは編集者のパシリなんですよ。だから、走りの機動力がある時がライターの旬というか。でも、Webが興隆してからコタツライターが増えた。コタツライターっていうのは走らないんですよ。つまり、編集者がその文章の価値ってものが走りの中にあるというのを理解しなくなった。字面で文字数が足りてればいいや、SEO対策しといて、みたいな。どうせ文章は読まれないから、みたいな。そんな感じなんですよね。"
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
マイクロポップが2007年で、それが一人語りだったとして、じゃあそこを打ち破って対話を作りだすような論争的争点は作られてこなかったとおもう。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
それがマイクロポップということなのかもしれないが...。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
一人語り的な形式が美術を語るモードにながいことなっているような気がしていて、批評の後退期にはまあそういうことになるんだろう。64年に美術出版社からでている「アンフォルメル以降」を読んでいて、作家も批評家も互いに挑発的で言論の場が成り立っていて、その空気感の違いに惹かれるものがある。三島対全共闘にもそういうところがある。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
これ今の美術批評がおもいっきり嵌まっている陥穽じゃないか。
"批評はふたつの極へひっぱられるように弛緩して、あるいは両極からぎゅうぎゅうに圧迫されるかたちでシュリンクして、ついには居場所を見うしなった。 ふたつの極というのはつぎのようなものだ。 一方に、エビデンス主義と成果主義と制度的思考とでがんじがらめになったアカデミックな論文への擬態がある。自己啓発と商品レビューに体現される統計学的な品質保証への異様なまでの信頼はその裏ヴァージョンにほかならない。 他方には、アイデンティティ・ポリティクスの視線がくまなく行きわたった世界で、ケアの社会的要請と当事者性への配慮とを原動とした言論の「私」化がある。論壇や文壇におけるエッセイ・ブームはそのわかりやすい一症例だ。唯一無二の当事者の体験がほとんどエビデンスのようにして前面に立つと見るなら、こちらも広義のエビデンス主義化として統合が可能になる。 註をずらずらと引きつれた学術論文まがいの批評や、ニッチな肩書を通行手形とした外部の専門家による知見が論壇誌と文芸誌を闊歩する。これは前者の帰結。たとえば、エッセイの過度の復権はそんな息苦しさからの逃避現象もしくは緩和策でもある。これが後者。以前ならおおざっぱに「批評」と銘打ったであろう文章が、いまは「××エッセイ」とディシプリン名を冠したエッセイと化す。 『現代日本の批評』以降急速に進行したのはこうした事態だった。どちらにも、いわゆる批評の「読者」は存在しない。"
「聞く批評」大澤聡 三宅香帆; 森脇透青; 松田樹; 大澤聡; 東浩紀; 植田将暉. いま批評は存在できるのか (p. 20). (Function). Kindle Edition.
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
@hhvm@fedibird.com
@biotit@fedibird.com · Reply to はしもと's post
STORESやBASEはアカウントを持ってない人も多いし、偶然の流入やサジェストが見込めないので、低価格の電子データ(文章、曲)には向かない気がしています。高価格のたとえば工芸品ならアリだと思います。気に入ってもらった人にオーダーしてもらうとか、店舗として色んな客から通販を受けるとか向け。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
「いろいろな媒体を選択する」のがめんどくさいからkindleになるわけなので...。缶ジュースみたいな現金とモノの交換みたいなモデルのほうが好ましい。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
noteはそもそも期待されていたような売上をまったくあげていないので、たぶん個人または小規模のウェブテキストの販売じたいがビジネスにならない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 李氏's post
@BLUE_PANOPTICON 出版業界の人で東浩紀ほどコンテンツの持続可能な仕組みを考えて実行した人、一人もいなかったと思います。大手がゲンロンの表面だけ真似して動画かサブスクとかやってみたりとかあったけど、うまく行っているところがたぶんない。一人だけ系の全体を創出しようとしたのだからレベルが違いますね。
@biotit@fedibird.com · Reply to はしもと's post
既にアカウントを持っている、即決済できる、買ったら即読み始められることからAmazonとnoteが圧倒的に強いのは予想していましたが、ここまでかーと思いました。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
東浩紀、「コンテンツを売る」というときに、本来やるべきことがウェブのテキストを生産することではないとかなり昔から見切っていて、本を作るための仕組みを独力で築きあげているのだから、かなりすごい。まじで気合いが違う。
@biotit@fedibird.com
BT 3年前に文芸誌の自主製作(同人誌/ZINEに分類されるもの)をやったとき、実験として入手手段を各種プラットフォーム&非プラットフォームに分散させました。
電子書籍が売れたのは9割以上Kindleです。
プラットフォームより値段を数百円下げても、STORESで電子ファイルを買う人は少数派です(たぶん10人切っていた。その代わり、韓国や東欧など色んな国の人が買ってくれた)
codocはサイトに載せましたが利用者ゼロでした。noteにはパラパラ投げ銭が入りました。
@Coro@mstdn.maud.io
ニュース提供業、人々はある程度の速報性に価値を見出して、サブスクしているわけだし、1年前の記事を CC BY で許諾してもビジネスとして破綻しないんじゃないかと思う