いまの排外主義者が、人間を有用性で評価しようとするあたりって、現在が総力戦の思想と切り離されていないことの証拠だなとはおもう。総力戦ってようするに国家内の全人民が有用性によって一つの体制に協力するってことであって、ハイデガーのゲシュテルとかもそうだけど、有用性の網にとらえてそこから漏れるものを排除していくことだなと思う。

tenjuu99(天重誠二)
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現在が当時ほど苛烈であるわけではないけど、左派の弱体化・中道化と「批判より対話・対案」的な流れ方は、当時とイデオロギー状況が似てなくもないと感じる。
京都学派がなんのイデオロギーを語ったかというと、かならずしも右派的なものではなく、総力戦のイデオロギーで、総力戦への参加のある種の倫理を語った。転向左派や中道層はこの総力戦イデオロギーによって体制協力をしていったのだと思う。こういう総力戦イデオロギーと三木の「協同主義」みたいなのがどういう関係にあるかは気になるが、やっぱりけっこう関係ありそうだなとおもう。
これ、こうなんじゃないかとおもっているけど、三木は転向組だったはずで、それより前の治安維持法とかから一連の流れだよなぁ...。左派が弾圧しつつ懐柔されるというか。
いちおう wikipedia にはこういうことが書いてあった。
総力戦体制に対する抵抗と関与という両義的な態度は、同時代の転向知識人がかかえる二面性であるが、三木はその典型であった。すでに軍部と皇道右翼によってマルクス主義はもちろん、自由主義者もまた、自立的な社会的活躍の余地を奪われていた[54]。そのような政治的に非常に息苦しい状況にあって、総力戦体制の効率化、合理化は、一面では、体制派の主流に対するある種の批判的意見表明を可能にする最後の可能性と見えていた。三木は昭和研究会が大政翼賛会に取り込まれて解散に向かうことに対して最後まで抵抗をした[55][56]。しかし、昭和研究会は軍部や保守勢力によって敵視され、不本意にも解散を余儀なくされたため、やがてその流れは大政翼賛会のなかに取り込まれていく[57]。そのことにより、総力戦動員の合理性に託して、何らかの社会変革を遂行するという知識人の当初の期待は、単なる戦争協力へと変質していくことになる[58]。
ja.wikipedia.org
三木清 - Wikipedia
近衛文麿による昭和研究会とかに三木清みたいな左翼が参加していたりもするから、伝来の日本中心主義的な東アジア観(近代以降東アジアは日本中心に再編される)みたいな右派的・ナショナリスティックな観念がまず先行的にあって、左派・中道を納得させるための方便として大東亜共栄圏・脱植民地主義・反西洋中心主義みたいな観念が政府に採用されてきていた、と見るほうが説得的な気はするな。
ボリス・グロイス「ケアの哲学」、最初のページから「フーコ」ってなってんだけどどういうこと?どうやって見逃すのこれ?
写真眺めてたら北アルプス行ってきたの去年の夏っぽくて、体力の衰えっぷりがすごい。
NATOに招待されて、欠席の理由がトランプと会合の機会がないからって言ってしまうのすごいというか恥ずかしすぎるんだが https://news.yahoo.co.jp/articles/bf720b52b3c24f98d9f0125102b5a317f218b28b

news.yahoo.co.jp
高市首相、NATO首脳会議を欠席へ トランプ氏との会合なく(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
高市早苗首相はトルコの首都アンカラで7、8両日に開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議への出席見送りを決めた。代理として茂木敏充外相を派遣する。トランプ米大統領はNATOを軽視し、従来米大統
もののけ姫とかそもそもヤマトによって辺境化された民族が主人公だし。調和を図る日本哲学による周辺民族への圧迫を歴史的にずっとやってきました、とかを外交ツールにしていこう(?)
海外で人気を集める日本の映像やアニメ作品に通底する自然信仰などの思想も「外交ツール」として活用できると見込む。
って某アニメ監督が想定されてるんだろうけど、本人が聞いたらタタリ神になりそうだ
天幕のジャードゥーガル、モンゴル兵がモンゴル語っぽいの喋っているのすげーってなったけど、力士なのか
近衛文麿による昭和研究会とかに三木清みたいな左翼が参加していたりもするから、伝来の日本中心主義的な東アジア観(近代以降東アジアは日本中心に再編される)みたいな右派的・ナショナリスティックな観念がまず先行的にあって、左派・中道を納得させるための方便として大東亜共栄圏・脱植民地主義・反西洋中心主義みたいな観念が政府に採用されてきていた、と見るほうが説得的な気はするな。
八紘一宇とか大東亜共栄圏とか、理念としてはまあある程度対等な国・民族同士がアジアで共栄圏を形成する、という建前があり、ナショナリズムというより一種の世界主義だとおもう。ただ、当然伝来のナショナリズムが払拭できているわけもなく、国内向けに右派を巻き込む形で主張すると、日本中心の秩序が暗黙に含意されてしまう。あるいはこっちのほうが先行的形態で、左派・インテリも納得できるように世界主義的な主張として後付けで大東亜共栄圏がでてきた、というほうが正しいかもしれない。学者とかインテリはわりと素朴ではあったという印象はある。 京都学派は海軍側からの依頼で、陸軍を牽制してほしい、というのがあったらしく、いろいろねじれた主張をしているけど。
京都学派周辺は、ナショナリズムというより帝国主義という印象がつよくて、岡倉覚三の「アジアは一つ」みたいなのとも繋がっているという印象がある。あと、全体主義とナショナリズムを同一視していいかもちょっと保留したい。あの時期のインテリ、ある意味で汎アジア主義的な観点から日本の立ち位置を見直せという主張が多くて(右派もそれなりにおおいけど)、アジアの脱植民地主義化=大東亜共栄圏という主張をして、軍部もそれにのっかっている面はある。軍部がのっかったのは、インテリを統制すれば宣伝しやすかった、とかの計算があるのかどうかはよくしらない。
詳しい人いたら教えて欲しいのですが、西田幾太郎とかの京都学派も東洋と西洋の融合とか(今回外務省が言い出してるのとは全く違うレベルだとは思うけど)、知性の集結とか近代の超克とか言いながらナショナルな方へ行っちゃった訳でしょ?
その危うさというか甘さって何なのだろうな。
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現代のようにあらゆる土地がなにかしらの国家・資本・個人の管理下に置かれると思考されるというのは、この無縁・公界の消失を意味している。 開山期間外の富士山の登山を禁止する、というのはこの一つの兆候ではあり、そもそも山の管理なんて県とかがしているわけがないから「禁止」という行為ができるわけもないのだが、それゆえ登山家は期間外であっても普通に登っていたのだが(ようするに山は誰のものでもない)、いまでは富士山はある公共団体の管理下に置かれているかのごとくに考える人が多くいる。「誰のものでもない」場所が消滅しつつある。
侍とか家を背負った存在ってどうやったところでヒストリカルな存在で、出家して歴史を捨てるのはある意味アイデンティティを捨てるということに等しかったんだろう、と適当なことを考えてみる。
「無関心という名の包摂」、網野善彦的にはまさしく無縁・公界がその機能を持った場で、縁切り寺とかで「縁」が切られたら過去とは隔絶しているわけだから過去を詮索する必要はないし、それゆえ犯罪者であっても無縁においては関係がなかったわけですよね。それはいまでもお遍路様とかそうなんだとおもう。 排外主義が個人のアイデンティティを強固に問いつづけ、その歴史性を負わせることに対して、無縁・公界という場はそうした歴史性は問わない。ハイデガーの場合、主体はかならず歴史性を背負わされている。
ああ、それもっと深掘りしたい。「包摂という名の排除」問題と、それに抗する「無関心という名の包摂」。
サトマキさんに言及されて思いだしたけど、「無関心」を肯定的に見るのは、宇野常寛の「庭の話」とだいたい並行ではあるとおもう。宇野氏が共同体から離れろという主張するのも compartment 内のケア共同体から離れろということにおおむね等しい。彼はケアの焦点をモノに移しかえるけど。
おぉ、それまさに「包摂という名の排除」問題に繋がるやつだ。
care ってフェミニズムの方面からでてきている印象あるけど、個人的にはハイデガーをとっかかりに考えていて、とはいえハイデガーに限界があり、彼はこの種の compartment と care の関係は肯定的に見て、「無関心」という care の様態はネガティブに見ている。このへんがハイデガーであるなとおもうんだけど、こういう観念に網野善彦の「無縁」とかを対比的に考えると、「無関心」というモードはむしろポジティブなものとしても把握できるなと。それは無縁/公界が compartment ではないからである。
以前展示してくれたルイス・デヴィッドソンの作品から care と compartmentalization(区画化) について考えていて、どちらもルイスが言っていた言葉なんだけど、 compartmentalization はゴミがみつからない、みたいな経験に根差している。それぞれの区画にゴミが収まるみたいな。
ただ、これがケアとの関係で言いはじめると、区画化というものが、ケアの境界を明確にするものだと考えはじめている。ある区画内のモノ・人間はその区画の住人にはケアの対象になるが、その区画の外のモノ・人はケアの対象にならない。ゴミを捨てるとは、それ自体がそのモノをケアの対象から外して区画の外に追いやることである。
こういうの考えてみると、ある種の同族的なものがケアの対象であり、「compartmentalization 区画化」とここで呼ぶものは、排外主義というのはまさにこういうことだなとを考えていた。「いやなら国に帰れ」という言い方は compartment の外部に追い出して、ケアの対象としないということでもある。compartmentalization と care はセットで権力作用であるとも言える。
【チケット発売開始&告知note公開】
やっと公開しました。今回の企画について、説明が難しいのですが頑張って書いてみました。急を要しながら時間をかけて考えなければいけないこと、皆さんとストラグルできたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
https://note.com/away/n/n5c6fef9ddf8a?sub_rt=share_pb

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スナック社会科vol.19「私がいるところ、あなたがいるところ#2-1」を開催します|サトマキ
スナック社会科「私がいるところ、あなたがいるところ#2-1」 - LOFT PROJECT 【出演】 発表者:堀真悟、田崎英明、梁英聖 モデレーター:早尾貴紀 ファシリテーター:ちょうさん・サトマキ ビデオ出演:イ www.loft-prj.co.jp 企画概要 スナック社会科 vol.19 ”私がいるところ、あなたがいるところ#2-1” 2026年7月11日(土) 会場:ROCK CAFE LOFT(新宿歌舞伎町) 時間:開場/17:30 開演/18:30 チケット: 会場/1,800円 配信/1,300円 セット券/2,300円 (他、割引チケット
武蔵境において武蔵野は尽き、あとは無限に多摩が広がるだけ
@KitaitiMakoto @pokarim めっちゃ長文感想ありがとうございます!!たいへんおもしろかったです。ちなみに、しれっと公開レポジトリにしてしまったんですが、大丈夫でしょうか?
天幕のジャードゥーガルのアニメめちゃくちゃいいな
天幕のジャードゥーガルは11:30からわよ
この公式サイト iOS Safariでうまく観られなくてちゅらい
https://anime-jaadugar.com/

anime-jaadugar.com
『天幕のジャードゥーガル』公式サイト | 2026年7月テレビ朝日他にて放送
『天幕のジャードゥーガル』TVアニメ化!13世紀モンゴルを舞台に元奴隷の少女が帝国を揺るがす物語。アニメーション制作はサイエンスSARU。
ハイデガー引用するのってまあまあ気が引けるな。偉そうなのとナチ公なのとで人によっては引いちゃう感じがある。
