宮川の「見ることの制度」みたいなもの、美術館とかメディアとかみたいな具体化された制度というより、物の見方そのものが制度的だという話で、そのへん中平が70年頃(だっけ?)に議論しているのは、宮川の議論(たぶん読んでいるだろう)と明確な共振がある。宮川の理論を具体的に展開してみせたのが中平だと言ってもおかしい気はしない。

tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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彦坂とかが「内なる制度」みたいなことを言って、それが美共闘の理論的な背景だったりするんだけど、その出処は宮川淳でほぼ間違いない
https://oralarthistory.org/archives/interviews/hikosaka_naoyoshi_02/ 誰か論じているかどうかはわからないが、中平卓馬が彦坂尚嘉に学生運動の総括的な文章を書かせた、みたいな話を彦坂がオーラルヒストリーで述べている。最初ゴダール論を書いて、堀浩哉に何度か見せて書きなおしてを繰り返しているうちに、気づけば李禹煥批判になっていたというのは笑ってしまった。

oralarthistory.org
彦坂尚嘉 オーラル・ヒストリー 第2回 – 日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ
日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴは、美術の分野に携わってきた方々にインタヴューを行い、口述史料として収集・保存している団体で、2006年に美術史の研究者や学芸員によって設立されました。このサイトでは、そのインタヴューを書き起こした文章を公開しています。
美共闘と provoke 系列、あきらかに理論的な並行関係があるとおもうけど、誰か論じてたりしないのか
戦後〜1960くらいまでは、「みんなサルトル読んでそう」みたいなのもある。それは政治運動に対する自分の主体的な立場とは?みたいなのが、やっぱりかなり強かったからだけど。じっさいに革命が目論まれていた時期だし、いまとは比べ物にならない。
中原佑介、東野芳明、針生一郎らいわゆる御三家は50年代から書き始めているけど、主要な活動は50年代後半から70年代という印象で、もう吉本の引力がまったくない
美術界隈で戦後〜1960年くらいまで、吉本隆明の影響力がけっこうありそうで、読んでおかないとなという気はしている(一冊も読んでいない)。
東野芳明が座談会で「大体、批評家というのは、立ち会うしかないんだと何度か言ったことがある。あれはニヒリスティックに言っているのではなく、立ち会いもしないで、引っ張ったり、頭だけで理屈を言うのは間違いだということが強いわけですね。」と言ってるのけっこうおもしろいな。
They erased Banksy’s mural in London — just like they erase Gaza’s story every day. 💔

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Side-by-side images of Banksy’s mural on the Royal Courts of Justice in London. On the left, the artwork appears faded and scrubbed, leaving only a ghostly outline of a judge raising a gavel over a protester holding a placard. On the right, the mural is fully visible in sharp black and white stencil, showing a judge in a traditional white wig and robes striking down at a protester who defends himself with a bloodied sign.
ジョナサン・アイブっていまOpenAIにいるの?
@polidog おつかれ山! わたしも研修つれてってください
@seki_takanao お、「日本の友よ さようなら」は探していたというかどっかで美術手帖買うかコピーしにいこうかなとおもってたところなのでぜひ読みたい。織田は「戦後美術の一系譜」ではないの?それ以外があれば読みたい。
notion はデータベースアプリとしては使えるけど、データベース的なつかいかた自体がけっこうめんどくさい。仕事で使っているけど好きにはなれない。
ニュース「npmにサプライチェーン攻撃、Chalk、debug、ansi-stylesなど18個のnpmパッケージにマルウェアが注入」公開
https://gihyo.jp/article/2025/09/npm-supply-chain-attack
gihyo.jp
npmにサプライチェーン攻撃、Chalk、debug、ansi-stylesなど18個のnpmパッケージにマルウェアが注入 | gihyo.jp
2025年9月8日、Chalk、debug、ansi-stylesなど18個の人気npmパッケージにサプライチェーン攻撃の影響があったことが報告された。
Tokyo Art Beatの「SNS時代の美術鑑賞」興味深く読んだ。
この記事で指摘されている「鑑賞体験の均質化」の問題すごくわかる。アートだけじゃなくて、映画や本、食、店舗などあらゆるものがそうなりがちなような気がする。
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"実際、自分自身の感覚に従って作品と向き合うことが、これまで以上に難しくなっているように思える。その証拠に、SNS上に投稿される展覧会の写真では、展示された作品群のうちごく一部の作品だけがアイコン化して過剰に注目される傾向が顕著だ(*9)。そして、それはSNS上で繰り返し共有されることにより、「この作品を見て感動しなければならない」「この展覧会に行ったらこの作品を撮影するべき」というある種の先入観が、展覧会に足を運ぶ前から形成されてゆく。事前にSNSで予習をしてから予定調和的に美術館を楽しむという現象だ。"
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まだTwitterやってた頃は、映画や展覧会に関して自分が観る前から妙な先入観が過度に形成されてしまい、それが変なストレスになってしまうという経験がたびたびあって、やめてからはそういうのが減ったかもしれない。

tokyoartbeat.com
SNS時代の美術鑑賞――「映え」を目的に美術館に行くことは、美術にとって悪なのか?(文:伊藤結希)
美術館での自撮り(セルフィー)は迷惑? 「映え」を求めて美術館に行くのは浅はか? 議論が絶えないこのトピックの、本当に問題点を探る
曺良奎という昔の画家のことが気になっている。この人は李承晩の弾圧から逃れて日本に来た在日コリアン一世で、1960年にDPRKに帰ってしまう。彼は、朝鮮人として日本に暮らす屈辱を味わっていたとおもうが、それは彼が帰国した理由ではなかったとおもう。李承晩は彼の朝鮮人としてのアイデンティティを暴力によって捻じ曲げた。彼の逃亡は暴力によって生じた。彼がDPRKに帰ったのは、朝鮮統一を目指す運動にかかわるためだったはずだが、それは暴力によって喪失した自己の半身を取り戻す運動だったのではないかと思う。彼の画業は、それ自体が疎外された自己のあり方だ。
かといって政権交代という流れでもないし、しばらくこの多党化続くんだろうな、救世主願望めいたものがでてこなければいいけど。
石破が良かったかどうかとかより、いまからまた諸外国とか官僚とかにあいさつからやるのとかがコストに合わなすぎる、どうせ自民の人気が回復するわけでもないし国内の議論・課題がゼロからやりなおせるわけでもない。政党内の理屈が優先されただけで、めちゃくちゃ自民党すぎる。 ふつうに頭変えまくる組織とか外から見て信用できないし、足元見てくるやついるだろうし。
欧米マーケットにたいしては、セルフオリエンタリズムがなぜか一定程度有効でありつづけてきたけど、アジアにたいしてはそんなのおもしろかろうはずもなく、そのための言語をあまり持っていない ホー・ツーニェンが京都学派とかもってきたの、やっぱなんか悔しいなという気持ちがあり(謎の倒錯した思考だけど)、日本ではこういう思考基盤がないのか?とかやっぱり思ってしまう。竹内好とかいるんだけど日本の美術界隈で読まれてなさそうな?
アートマーケット、たとえば香港・シンガポールとか韓国とかさかんで日本のギャラリーも行ってたりするけど、そういうとこから日本のアートがどのように見られるかという、市場からのフィードバックってけっこうおおきいとおもうんだけど、美術の批評やっている人こういう興味のもちかた少なくて言説領域にでてきづらい。作家とかにはダイレクトに影響があったりするが。
「オペレーションの思想」読んでても、やっぱり市場というものの存在はかなりデカいなと感じているところなんだけど、言説としてでてきづらい領域ではある
BT引用
*1——祖父含む母方は韓国籍、父方は朝鮮籍であり、鄭は父方の朝鮮籍を継いでいる。1945年の敗戦後、日本はGHQの方針のもと「旧植民地出身者は講和条約発効まで日本国籍をもつものとする」とした。1947年に外国人登録令が施行されたとき日本政府は「当分の間、外国人とみなす」とした。こうして在日朝鮮人は日本国籍を持ちながら「外国人」となった。当時朝鮮半島に主権国家がなかったことから(大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国は1948年に樹立される)、朝鮮半島出身者とその子孫は、外国人登録証の国籍欄に出身地あるいは民族を示すものとして、「朝鮮」と記した。これが現在に至る朝鮮籍である。朝鮮籍はいまだに事実上の無国籍状態に置かれている。(引用以上)
「当時朝鮮半島に主権国家がなかったことから」
文字数的に難しかったのかもだけど、なぜ「主権国家がなかった」ことになったのか日帝の存在、その後の分裂を書かないとよその事の歴史を知る枠から出られないような気がする。
なんじゃこりゃ。周囲に進退をほのめかすような発言をしたら、総合的に解釈して「首相、退陣へ」という見出しになるのか。 https://mainichi.jp/articles/20250907/k00/00m/010/286000c

mainichi.jp
「首相、退陣へ」報道 説明します | 毎日新聞
石破茂首相は7日の記者会見で、自民党総裁を辞任し、新総裁を選ぶ総裁選には出馬しない考えを表明しました。毎日新聞は7月23日にニュースサイトと夕刊1面、24日朝刊1面で「石破首相、退陣へ」と報道しました。その後、首相が続投に意欲を示したため、読者の皆様から「事実と違うのではないか」などのご意見をいた
無知で気付いていなかったけど、鄭梨愛さんの「私へ座礁する」のモチーフとなっていた祖父の話、李承晩による済州島虐殺にはじまる弾圧のことだな。「座礁」のモチーフの源泉は、この記事では触れられていないけど、済州島から対馬に流れついたという遺体だろう(対馬には、流れついた159体の遺体が安置されているらしい)。曹良奎が日本に亡命してきたのとおなじく。 https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/chong-ri-ae-report-202507

tokyoartbeat.com
在日四世の眼差しから、断絶や境界を問い、生と死の記憶を描く。鄭梨愛 「私へ座礁する」(朝鮮大学校 美術棟)レポート
会期は6月27日〜7月16日。「在日朝鮮人四世」というバックグラウンドを持つアーティスト、鄭梨愛による絵画、映像、インスタレーション作品が展示されている
月見てたら流れ星
しかし、おおきめの選挙がしばらくないのか。


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