tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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あの炎上はアホらしいなとおもうけど、「中央」や「メディア」に対する反感がベースにあるんだろうなと思う。そういう意味でやっぱり発言者の肩書が炎上の原因にあると思っている。
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「美術は中央にある」とおもわなければ上京しなかった
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紙媒体も含めて美術手帖という雑誌が中央集権的な美術というシステムを前提としたメディアで、だからこそあの発言になっているんだよなぁ。べつに炎上しなくてもいいじゃないとは思うんだけど、それも中央・地方の図式がインターネットの登場で変化しつつあるからの炎上なのかもという気はする。自分が地方にいたとき、美術は美術手帖のなかにあるもんくらいに思っていたしね。
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耳が痛いぜ。
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耳が痛いぜ。
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疲労には Mag-on めっちゃ効きます 山行くとき持っていってるけど、もう足がダメってときに飲んでまじで歩けるようになる https://mag-on.net/products.html
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若い世代の立民支持率の低さがすごい。 https://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/
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戦前のアカデミズムがオリエンタリズムを含んでいるのは、まあそれはそうだなという。アカデミズムの存立基盤が国家にあるわけだし。日本画というのはそういう意味でアカデミズム絵画。
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日本の場合、1900年ころに歴史画が盛んになって、それからまたしばらくして昭和にはいって歴史画をまたやることになる、もちろん時局的な意味で。1900年ころ(明治30年代)はナショナリズムの勃興期として歴史画が要請されたけど、それからはナショナリズムだけでなくてアジアの盟主としての日本みたいな自己意識でオリエンタリズム的な視線がでてくる(他文化の庇護者的な自己意識)。日本画がとくにこういうパースペクティブで動いているとおもうのだけど、洋画がまたこれとは異なった原理で動いているように思う。これがフランスのアカデミズムと前衛の二重化と対応しているかまでは断言はむずかしいとしても、構造的には似ているようには思う。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
近代フランスのアカデミズム美術のなかで歴史画はオリエンタリズムに展開していったとおもうんだけど、このへんの経緯あんまりわかってないな。自己の表象から他者の表象になる、みたいなことが言えたりするの?
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
画集見て掲載の論考を読んで、そこに参考文献として記載されているものがすぐに国会図書館のデジタルコレクションで読めるのかなりいいな。
@on1000mark@fedibird.com · Reply to 温泉マーク(オートチューンがかかるゆるキャラです)'s post
これ有料記事だったんだ プレゼント機能使ったのでこのURLからどうぞ
https://digital.asahi.com/articles/AST890HZ1T89TIPE01YM.html?ptoken=01K2KHZYSM628FA614R6DKVGFM
@on1000mark@fedibird.com
国立ハンセン病資料館の展示は「誰それがこんな理由でこんなひどいことをしました」というような、批判が込められた解説がおこなわれていた(上で生活者の暮らしや心情に焦点を当てていた)のに対して、広島平和記念資料館では、残された写真や物、そして被ばく者の方々自身による語りから原爆投下の被害の悲惨さを強調するものになってた。アプローチがずいぶん異なってた。
@on1000mark@fedibird.com
「南京大虐殺はでっちあげ」加害展示とがめる言説 各地で撤去相次ぐ [戦後80年 終戦の日 被爆80年]:朝日新聞
https://digital.asahi.com/articles/AST890HZ1T89TIPE01YM.html?ptoken=01K2JX2SW889SZ5YAC06TVT45B
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三重に美術の美の字もないとか言う前に県の美術館でも寄ればいいのに。
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東京への幻想、東京きてすぐなくなってしまったな...。 ていうか西洋美術館でマネとかモネとか見たときに重要作品がないのに近代美術が一通り見れます!みたいなのを見てけっこう醒めてしまったのを覚えている。たんに西洋美術への憧れだったんだけど、西洋美術館常設のあのフェイク感へのガッカリみたいなのは印象に残っている。
@satomuch@fedibird.com
これは千葉、埼玉の人も「分かる〜」ってなる人多いのだけど、遊びや仕事で東京に行ける距離だけど都市も田舎も郊外もある神奈川県という土地に生まれ育ったおかげで東京幻想や逆に東京蔑視等でバグらずに済んで良かったと思っている。お国自慢ではなくて(神奈川県がベストだという意味ではなく東京バグに陥らずに済む距離感の話)。
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自分は自分のこと保守だとおもうが、天皇制は可能ならないほうがいいとおもう(無理だけど)。憲法が「与えられたもの」に見えてしまうのはGHQがどうこうということではなくてそもそも天皇があるからで、だいたいの国は建国の象徴的な行為と憲法の制定がセットだが、日本はずいぶん昔から国ができていたということになってしまっている。そのせいで憲法の制定が国家形成行為であることが理解されない。それは天皇制のせいだと思う。
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反天皇制を主張するために日の丸にペケをつけるくらい、なんの問題もない表現の自由だとおもうんだけど、ここ右翼にかぎらず過敏な反応があるということにびっくりした。
@miyarisayu@sayurili.hostdon.ne.jp
【お知らせ*書籍装画】
松沢裕作さんの新刊書籍『歴史学は世界を変えることができるか』の装画・扉に私の作品を使用していただきました。
岩波書店より、8月19日発売、2,640円です。
https://www.iwanami.co.jp/book/b10140092.html
Mastodonでも読まれているのを見かける『生きづらい明治社会』の著者の新刊です。松沢さんが、様々な媒体で発表されてきた評論や講演録などをまとめたものです。
一般読者には少し難しい論考もありますが、どなたが読んでも分かりやすい講演録も入っていますので、ぜひお手に取っていただきたいです。
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参政党プロテストで日の丸にペケつけてたの解放区か。わかりやすくていいと思うんだけど、どこが引かれたのかはよくわからない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
田村智子の参院選振り返り、志位体制よりは期待してよさそう。 https://www.youtube.com/watch?v=w1WFBNZm3kw
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望月は晩年に松本で学校の美術講師をやっていたのだが、おなじ長野で山本鼎の農民美術運動とかあったわけで、そのあたりと望月の動きは並行しているのだから「美術史」の問題でないわけがない。作家性で見てしまうからこういうところの評価がされなくなってしまう。
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それがこの企画展が前提とした枠組みの限界でもあったわけで、それを逆に言えば黒耀会やへちまなどの動きも、望月という作家の作家性の発露として把握されてしまうことになる。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
望月桂展、良かったのは良かったんだけど、企画意図に前衛美術史観がつよすぎて、たとえば晩年の絵を美術史からは外れたものと捉えていたりするのがひっかかった。望月の晩年の絵じたい良かったというのもあるんだけど、もういっぽうで、望月が学生に絵を教えて一緒に絵を描いていたりという側面が「美術史」の枠組みで評価できないことにはがっかりしたところがある(作家性や作品性を評価できないから、でしかないのだけど)。 https://marukigallery.jp/8527/
@imdkm@fedibird.com
丸木美術館行ってみたいというかやっぱこれみたかったなぁ
望月桂 自由を扶くひと | 原爆の図 丸木美術館 https://marukigallery.jp/8527/
@satomuch@fedibird.com
つい先日のニュースとは思えない。史実だけでなく、その歴史を生きた体験者の語りや行動すら否定してしまう人は今現れたわけではなくずっといる。本来謝罪しなければいけなかった人がしていないがために起きることだとも言える。天皇を棚上げして戦後を作ってきたこの国の政治は本当に罪深いと思う。
https://www.asahi.com/articles/AST88558ZT88UTIL008M.html
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ある主体の「加害性」という問題は、いまでは「有害な男性性」とかで変奏されているものだろう。これはこれで、「男性として語ることの困難」を提起しているのだが、この時期の「日本加害論」を関係を変えて反復していると思う。被害-加害関係の告発において、ある確立された主体の社会関係が、別な側面から光を当てられることで、主体が揺らいでしまう。 もちろん、この「日本加害論」の反動として植民地主義の否認という流れがあり、安倍晋三から参政党への「日本人」へのこだわりがある。これはこれで「主体」の獲得運動で、被害-加害関係において「加害者性」を忘れることによって「日本人」としての主体が確立できるようになる。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
共産党による浦地への攻撃を読むと、「日本の加害者性」という論点は、「労働者」を免罪する形で済ませている。資本が加害側なのであって労働者は被害者側である。被害者として世界の労働者と連帯することができる。そうしたことしか言っていないわけだが、労働者としてのアイデンティティが日本でも第三世界でも共通だから「日本人」という属性は忘れて共闘できるのだというのは、まあ今は通用しないですよね(というかたぶん当時もべつに通用しなかったとおもうが)。 あと、この共産党による「労働者」免罪論は、「原爆被害者」と「戦争加担者」の区分と共通で、大衆無罪みたいな枠組みにはそうとう問題がある。