tenjuu99(天重誠二)
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60年代って、言うほどアメリカ的ではなかったと思うんだけど、80年代はずいぶんアメリカ化が進行しているというか。

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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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60年代って、言うほどアメリカ的ではなかったと思うんだけど、80年代はずいぶんアメリカ化が進行しているというか。
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村上隆とかも、明確に「岡﨑以降」みたいな置き方して構わない。というかそのへん自覚的だから岡﨑とか中村一美とかを自ギャラリーで扱うんだろうけど。村上は初期にハイレッドセンターのパロディとかもやってるけど、シミュレーションを通してしか継承できないくらい断絶がある。それが日本型フォーマリズムに対してはそうではなく、おそらく当事者意識でやっている。
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もの派を挟んで、60年代美術と80年代以降でくっきり別れているようにみえる。80年代以降は、それこそ日本型フォーマリズムというか、わりとアメリカ型美術言説が強くて、かつ権威主義的な感じが強い。
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日本の戦後美術で70年代って言うと誰いたっけ?もの派?
@chino_eureka@fedibird.com
大阪で大棍棒展やってるんだ。いいなー
https://greatkonbou.jp/2025/09/19/【告知】「夢の大棍棒展2025」/
達成しなかったみたいだけど、クラファンの応援メッセージが面白いから読んでほしい。
棍棒は価値感の転換を迫る存在だね。
https://readyfor.jp/projects/greatkonbou2025
@hahaha@fedibird.com
フェルトジャンアルプ
@kaoru_tsuji@fedibird.com
《「六八年革命」としての学生運動は、「やおい/ボーイズ・ラブ(BL)」の成立にいかなる影響を与えたのか。本書では、少女マンガの「革命」を謳った竹宮惠子の「美少年マンガ」や、「川口君事件」の衝撃から生み出された中島梓の「少年愛」小説などを分析することを通じて、その背後にある「六八年」の記憶を炙り出す。「やおい/BL」が、「六八年」を別の形で継続する「革命」であったことを明らかにする画期的研究書。》
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こんなマニアのための継承関係とか知りたい人もいないだろうが...
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
ある世代の日本のフォーマリズム、おかけんと中村一美でもだいぶ方向性違うけど、継承されたのはたぶん岡﨑的なセンスで、たとえば富井さんとかの展示を見て育つ学生もいるようで、いがいと息が長い。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
中平にとって「風景」というものは権力によって構成されたイメージであって、クリストの梱包や全共闘のバリケードは、連続射殺魔が放った銃弾と同じ意味を持っている。
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中平がクリストと全共闘を並列で語るのであれば、それは風景論の展開としてであるのは間違いない。
@seki_takanao@fedibird.com · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
@tenjuu99 芥正彦と三島とのあいだで交わされた「解放区」の議論でしょ。いまそこらへん書いていて、だから影響されて書けなくなるとこわいのであまり議論したくないんだけど…。
ちなみに、中平はクリストについてこんなこと言っていておもしろい。ほとんどもの派のロジックと一緒。
「クリストが都市を梱包し、海岸を梱包することによって、初めて都市は都市として顕現し、海岸は海岸として現れ出たということ。また学生たちがキャンパスを封鎖し、封鎖することによって、大学の本当の姿が逆に現れてたということ。」
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao ほーん。その中平の発言はおもしろい。
中平ともの派に共通性を見出していくのは興味深い論点だとおもう。中平は人間関係的にも、理論的にも美共闘グループとの関連のほうが強いとおもうけど、通底する理論的関心はあきらかにある。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
金曜のこの時間、人来ない
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永山則夫は、労働者というより非正規労働者だけど、いろいろ引っ越しを繰り返す。「略称連続射殺魔」が、永山の「風景」を追い掛けるのは、疎外を追体験するというか再構築する行為としてあった。永山は労働そのものから疎外されることで転々とし、どんな場所も棲みつくための土地ではなくなる。風景とは自分を受け入れない場所でもあり、永山は生産関係から切り離されているからこそ、あらゆる場所が風景でしかなかった。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
永山則夫も生産関係から切り離されているのだし(インテリでもアーティストでもなかった)、風景とは生産関係から切り離された主体のまえに立ち現れるイメージであると言ってみたい気もする。
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中平、シミュラークルからの離脱としてのモノとの出会いというより、写真というメディアがイメージの生産に関わるもので、実在とイメージとの間の溝としての写真というものが関心なんじゃないだろうか。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
70年代の美術批評となると、なんか藤枝晃雄ってなりそうなんだけど、藤枝は作品の分析はやるがとくに思想があんまりなくて語りづらいところがある
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オフミュージアムと中平卓馬とかはちょっと検討してみたくはある
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中平の場合だと、モノとの出会いというより、やっぱり風景に亀裂を入れることとでも言いたいな
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
中平のことかな
@seki_takanao@fedibird.com
1970年代の日本の美術と美術批評の大枠は、シミュラークル化された世界とそこからの脱出としての「ありのままのモノとの出会い」というロジックでできており、いささか単純すぎる。「見ることの制度」(中原佑介)は問いこそすれ、芸術生産を取り巻く、あるいは芸術を条件づけている制度的環境についての問いはほとんどない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
@seki_takanao 68年の全共闘対三島で、三島は、机が機能をもたずただのモノとなるのは、諸君(全共闘の学生)が生産関係から切り離されているからではないかと喝破するけど、これはアートの60年代も同じことで生産関係から切り離された主体が、古典的なインテリゲンチャとしてではなく発言をはじめたのが60年代後半なのかもしれない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
@seki_takanao アンフォルメル〜反芸術を規定しているものこそ、むき出しのモノ性みたいな概念で、それはやっぱり60年代半ばくらいまではダダからシュルレアリスムが、参照というより根本的な規定としてあったと言えるんだけど、ハイレッドセンターとかオフミュージアムとか、読売アンパンの終焉とか人間と物質とかを通じて、展覧会という枠組みそのものが作品になっていく過程が、60年代から70年ころまで。コンセプチュアルアートもそうだけど。なのでこのへんでモノ性からは抜け出ているんだけど、リーウーファンとか出てくるからややこしい。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao かならずしも「ありのままのモノとの出会い」とは言えないと思うけど、制度への問いに具体性がないのは、そのあとの北澤憲昭らの近代日本美術史への制度論的な問いになっている。70年頃に批評が制度的な問いになったのは、あきらかに反芸術からの流れだね。シミュラークルというより、展覧会という枠組みが問いの対象で、それゆえ具体的な制度が問題だったのだが、その制度への問いが北澤が出てくるまで歴史的な問いにつながらなかったのは不思議といえば不思議である。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
チュアっぽい文章だった
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
自民党みたいな脱法集団に法治主義とか言っても仕方ないのかもしれないが...
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
この動画いろいろ言いたいことはあるけど、高市が「法治主義」を違法な人間を従わせるレトリックとして使っているのがネトウヨすぎる。何度もでる話だけど、法治主義は国家権力を法律に従わせるという意味でしょう。まさに入管みたいのが脱法的領域を作りあげていることなんかが「法治」ではないし、政策論・行政の方針の話ばかりしているのも、法律による運用ではなく行政的権力の強化という意味にしか受けとれず、まじで法治主義と無縁というか積極的に反するものであるように思われる。 https://x.com/hst_tvasahi/status/1970527267416932772
@tomoki@vocalodon.net
近所を散歩中にときどきみかけるおじいさんがいる。いつもニコニコしていて孫が乗っているベビーカーを押している。
初めて会ったのはうちの娘が1歳になったかどうかくらいの頃。娘が公園をよちよち歩いて遊んでいたら、おじいさんが通りがかった。ベビーカーに乗っているのはまだハイハイもできないくらいの乳児で、うちの娘より半年以上は月齢が下だな、と思った。とても大人しいが元気そうだったった。ちょっと立ち話をして、両親が忙しいので自分がいつも散歩に連れて行ってるんだと話してくれた。
その後もたまにそのおじいさんに出会うことがあり、その都度「お変わりないですか?」くらいの軽い会話はするのだが、むこうは毎回初対面のような話し方で、こちらのことは覚えてないようだった。そういうわけで徐々に見かけても話しかけることは少なくなった。
それから2年が経った。今でもそのおじいさんをたまに見かける。最近はすれ違っても軽く会釈をするだけでコミュニケーションはしていない。でもおじいさんもニコニコ元気そうだし、孫も何も変わらず大人しく、でも元気そうだ。ただ一つだけ気がかりなことがある。
その子は未だに乳児のままなのだ。
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李禹煥は1936年生まれだけど、1956年にソウルの美術大学を中退して来日、日大に来ている。李承晩時代の韓国に生き、それから来日している。李承晩から逃げてきた曺良奎とは対比的なのか?