tenjuu99(天重誠二)'s avatar

tenjuu99(天重誠二)

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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています

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高市の支持率の高さにリベラル系の人が「メディア主導だ」とか言ってるの見ると、ネトウヨの陰謀論とあんまり変わらないなってなるな...

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アートウィーク東京がヤバいなと思うのは、それがアートだろうとなんだろうととにかく商品化する装置だからだというのもあるかもしれないが(そして実際に海外から買いにくる客がいて実利がでるという誘惑にあらがうのはアーティストにもギャラリーにも難しい)、もうひとつには、山本浩貴さんとか小田原のどかさんとか富井玲子さんとか、そういう「脱中心」みたいな概念をいってきた人まで取り込んで、流行として消費してしまうところ。脱中心的な商品にしかならず、実態は主張と真逆に中央集権的な装置に組み込まれることになる。

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アートウィーク東京の主催者、白井一成がやっているメディア。 https://forum.j-n.co.jp/theory/ 彼の考えとかを読むと、アートウィーク東京とかもようするに国家のソフトパワーとしてアートを扱うみたいな思考は透けて見える。いぜん、「アートウィーク東京」をディスったときには「主要な」とか「代表する」みたいな言い回しが気に入らないと書いたけど、「脱中心」なんて微塵もない。この枠組みのなかで「脱中心」とか言わされているのは、理論的な射程が完全にスポイルされている。

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実業之日本フォーラム|言論・研究プラットフォーム

実業之日本フォーラムは実業之日本総合研究所が運営する言論・研究プラットフォームです。各界の第一人者が、地経学、地政学の観点で、世界の経済、安全保障を分析します。

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いやぁこれはだいぶキツいな...

"白井:西欧を中心として美術におけるアカデミズムは発展してきましたが、19世紀中盤には、グローバル化とともに、欧米の芸術家が日本美術を表現に取り入れる「ジャポニズム」などが注目を集めました。また、現代アートの時代に入ると、勃興するアウトサイダーアートの中の一部を、メインストリームに取り込んできた歴史があります。つまり、近代以降のアート業界は、周辺の変化を取り入れることによって、自らの手で自らを絶えず変化させてきたと言えると思います。"

あと、記事のタイトルが「韓国にも劣後」とか、こういうこと言うやつにアートが云々してほしくないんだよな。

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@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

一般社団法人コンテンポラリーアートプラットフォームってなんなのか実態がよくわからないんだよな。アートウィーク東京を運営するためにできた組織なんだろうけど。

@satomuch@fedibird.com

こちらも頑張って書いたので良かったら読んでください。昨日怒りに任せてこれを書いていたのでした。しかし、日本のアート界、問題含みなのに矢面に立つ人が飯山由貴氏ばかりなのが一番腹が立っている。個人が主張し、背負うものではないはず。アート界の応答すべき人たちが応答してほしい。
QT: fedibird.com/@satomuch/1155584
[参照]

fedibird.com

投稿の参照(1件) by サトマキ (@satomuch@fedibird.com)

弊note「お出かけ感想文」に行けなかった展覧会について書きました。東京アートウィーク2025の『AWT FOCUS』について。 https://note.com/away/n/nb1fdb28fe795?sub_rt=share_pb

@satomuch@fedibird.com · Reply to サトマキ
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

批評的言説が自己否定を伴うもので、批評的言説を操るには強さが必要、言語化は自己否定をともなわないとか「うわぁ...」ってなってしまった。批評にはぜひ敗北してほしい。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

批評の衰退ってそもそも雑誌の衰退以外に原因あるんですかね。根拠なしで精神論で語るからつまらないんだとおもうんだけど。

@KitaitiMakoto@bookwor.ms
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space nobi で開催中の櫻井崇史個展「絵を見る会」関連企画として、「絵をさわる人をさわる」を、今日17:00〜おこないます(終わりはどのくらいになるか現状では不明ですが、1時間くらいになるとおもいます)。

配信URLは以下になります。 https://www.youtube.com/live/YY0FczBKaz0

なかなか謎イベントなのですが、告知のかわりに書いたガイドがあります。 ご興味があれば、配信をご覧ください(配信はアーカイブされます)。


明源のいう「観察」は、通常想起する「見る」こととは距離がある。それは、なんらかの媒体を介して見えるものを触知可能なものにするところからはじまる。たとえば、画集の一部を切り取ってみるとか、写真を印刷したりするような操作だ。こうした変換によって、もともと視覚的であった対象は、手で扱うことのできる「もの」へと転じる。

明源は、そのようにして触知可能となった印刷物に、自身の感覚を通して得た印象を書き込む。ただし、それは文字による記述ではなく、視覚的な情報である。たとえば、面と面の稜線を強調したり、動きの方向を線で示したりといった具合だ。つまり彼の行為は、最初に与えられた視覚情報に対して、再び自身の感覚を介して入力し直す、いわば再帰的な操作である。明源の「観察」とは、触覚という媒介を通して、視覚へのフィードバックを生み出すことだ。

明源の「観察」は、櫻井の制作と逆方向を向いている。櫻井は、まず油粘土のような触知可能なものから出発し、それをデータ化する。データ化された油粘土は、触覚を喪失して視覚的表象に限定された対象になる。3Dスキャンがカメラを通じて為されるということを想起すれば、この過程は偶然ではない。さらに言えば、展示室において、鑑賞者は作品を触ることを許されない。絵画の鑑賞という制度は触覚の喪失のうえに成り立っている。本展では、櫻井の制作の始点となる油粘土の制作から、終点となる展示室への作品の展開まで、断続的に触覚の排除がおこなわれ、鑑賞者は視覚的な存在者に据えられる。

明源と櫻井による「絵をさわる人をさわる」と題された本イベントは、明源が櫻井の作品を独自に操作し、変換し、二次的なものを作るところからはじまっている。イベントでは、明源と櫻井がこの「もの」を使って組み手のような形で変換を繰り返すことになるだろう。櫻井の作りだした「視覚」は、明源の「観察」によって上書きされ、フィードバックが生じる。「制作/鑑賞」という一方通行の行為はフィードバックの回路につながれ、制作者と鑑賞者の関係も再構築される。(天重)

youtube.com

明源x櫻井「絵をさわる人をさわる」

櫻井崇史「絵を見る会」会期中イベント「絵をさわる人をさわる」明源x櫻井崇史会場: space nobi(東京都小平市小川西町2丁目25-5)https://space-nobi.net/exhibition/2025/appreciate_pictures---明源他の制作者の観察する眼に介在し、制作、作品、観察...

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