tenjuu99(天重誠二)'s avatar

tenjuu99(天重誠二)

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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています

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会見での《「可能性ということですから」と逆ギレ》の辺りまではTVニュースで見たけど、その後こんなことになっていたとは。この見出しだけ読んだ時点では「 “連呼”の主語はさすがに知事本人ではないだろう」と曲解していた私は甘かった、この異常さに想像が及んでなかったね。でもNHKもその場面を流せばいいのに?

百条委から“クロ判定”斎藤知事は「可能性ということですから」と逆ギレし「AさんのPCにわいせつ文書があった」と連呼…「死体蹴りやめろ」と会見はカオスに | 集英社オンライン
shueisha.online/articles/-/253

shueisha.online

百条委から“クロ判定”斎藤知事は「可能性ということですから」と逆ギレし「AさんのPCにわいせつ文書があった」と連呼…「死体蹴りやめろ」と会見はカオスに | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け

兵庫県の斎藤元彦知事が、自身の疑惑に“クロ判定”を出した県議会特別調査委員会(百条委)の結論を受け入れない姿勢を示した。さらに、疑惑を告発し自死した元県幹部の県公用パソコンに「わいせつ文書」があったと言い始め、県民の関心があるとして中身の公開を検討する考えも表明した。

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シモンドンが「文化」と「技術」の二元論批判みたいなことをしているという記述を読んで、ああこの「技術」と呼ばれているのは戦前日本で「文明」の名で呼ばれていたものだと思った。「近代の超克」で「文明」と呼ばれるものは日本が受け入れた物質的技術文明のことで、近代の超克とはその文明へのほとんどアレルギー反応みたいなものだ。

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やっぱ、いくつかの巨大プラットフォームに集約されていくっていう状況自体がつまんないんだよな。自主流通・販売回路の模索行為自体が面白いわけで。

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@kussy_tessy@d.kg-misskey.net

VTuberの「重大発表」「大切なお知らせ」の元祖はこれっていうのを見て、不謹慎だけど笑ってしまった。

@numagasa.bsky.social@bsky.brid.gy

海外の有名な極右アカウントに「End Wokeness("目覚め"を終わらせる)」というのがあるのだが、名前を見かけるたび「寝るってこと?笑」と思ってしまう。

@imdkm@fedibird.com

話がうまい(スライドも載ってるけどこれは発表見てたら笑うと思う)

"「国際的同時性の話をするときに、当時『芸術新潮』で日本の現代美術は模倣の栄光であるみたいな記事がありました。その中には関根伸夫さんの《位相ー大地》(1968)は(クレス)オルデンバーグの作品の模倣であるみたいな批評もありました。西洋中心主義が原則になっていて、同じようなものがあったら問答無用に模倣と思ってしまう。その記事を見せた後に、日本は穴掘り王国で、具体(美術協会)のときから穴掘りをしていて、九州派の宮崎凖之助がやって、グループ〈位〉がやって、関根伸夫がやってということを穴掘り年表を見せて紹介したんです。そうすると、『芸術新潮』が「穴掘りの元祖」としてもちあげているオルデンバーグは、ちょうど下から2番目なんですね(笑)。そうしたら100人くらいは入っていたと思うんですけど、会場が大爆笑になってね。私も大阪人なので講演でも笑いは取るように工夫しているんですが、それ以後そんな大笑いはなかったからよっぽど可笑しかったんでしょうね。」"

p5.art360.place/articles/art-h

p5.art360.place

+5(プラスファイブ) - 「戦後日本美術の面白さを世界に向けて実証する美術史家」富井玲子さんに聞く。<後編>

@t2aki@tokoroten.doncha.net
オマケのフロッピーにsed grep awkが入ってたASCIIのムック本が始まりだった
…とか言い出すと
もはやインターネット老人会じゃなくて、ただの老人w
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

ある本を読んでたら資本論の要約をしていて、労働が機械化の過程に組み込まれていって労働内容を奪う、労働そのものが拷問になるというような過程を書くけど、いまのエーアイはたぶんこうなるだろうなとおもう。 いや、まさに長年夢みてきた自動化を実現する装置で、単独では記号接地できないから人間の知覚能力を使役して現実と接続する。人間の働きは認知労働とでも呼べばいい。

"「悠仁さまは、ラノベを読むだけでなく、執筆もされると聞きました。お茶の水女子大学附属中学校に通われていたころ、ご自分のノートに自作のラノベをしたためていたそう。その作品を教室で同級生に勝手に音読されてしまい、困惑されたことがあったのだとか」(前出・秋篠宮家関係者)"

:blobcatlul:

米大統領選 トランプの「復讐」はこうして実現した
bookplus.nikkei.com/atcl/colum

 「真の力とは――この言葉は使いたくないんだが――恐怖だ」トランプは私たちにいった。

 「私は人々の怒り(レイジ)を引き出す。怒りを引き出すんだ。つねにそうだった。それが長所なのか、不都合なことなのかはわからないが、なんであろうと、私はそうする」

−−−−−
恐怖が強い力であるのはそのとおりだと思う。 もそれを利用して人々の怒りをかきたててそれを自分の力にした。

このウェブページの文章を読むと、トランプがただの愚かな老人だとわかるし、 みたいな腰巾着の議員に操られているのもわかる。リンジーグラハムは、散々ウクライナの肩を持つことで自分の人気を高めて、こないだのトランプゼレンスキーヴァンスの会談のあと自分の王の機嫌を損ねたということでゼレンスキーを切り捨てた共和党の議員である。

x.com/amuse/status/18955755358

 

@2d3m13@fedibird.com

ジェイソン・ヒッケル、野中香方子/訳『資本主義の次に来る世界 』(東洋経済新報社、2023)、読了。

先に宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)を読んでいたのでコモンズについては基本理解があった。しかし、資本主義の始まりから歴史については未知のことも多かった。囲い込み、植民地化、強奪、奴隷貿易……。資本主義の歴史において、成長は常に強奪のプロセスであった。自然と(ある種の)人間からの、エネルギーと労働の強奪である、と。
ヒッケルは計画的陳腐化を終わらせ、資源の消費に上限を 設定し、労働時間を短縮し、不平等を減らし、公共財を拡大することが、エネルギー要求を減らし、クリーンエネルギーに迅速に移行するために必要なステップだという。
〈長い間、わたしたちは資本主義と民主主義はセットになっていると教えられてきた。しかし実際には、両者はおそらく両立しない。資本主義は、生物界を犠牲にしても永続的な成長に執着し、多くの人が重視する持続可能性に背を向ける。この問題について発言の機会を与えられたら、大多数の人は、成長要求とは逆の、定常経済の原理に基づく経済を選択するだろう。言い換えれば、資本主義には反民主主義的な傾向があり、民主主義には反資本主義的な傾向があるのだ。〉

がまくんとかえるくんとジェイソン・ヒッケル、野中香方子/訳『資本主義の次に来る世界 』(東洋経済新報社、2023)、宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)
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がまくんとかえるくんとジェイソン・ヒッケル、野中香方子/訳『資本主義の次に来る世界 』(東洋経済新報社、2023)、宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波書店、2000)

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そういえばこれって、ドレイファスが70年代に現象学をひっぱってきて人間の世界内存在的ありかたと比較して、人工知能がなにひとつ世界内存在ではないから知能どころかタスクの実行はできないだろう、としているのが源流にあるのか。ドレイファス読んでないけど。

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人間は行為主体だから外界に意味を与えることができるんだけど、コンピュータって基本的にというか根本的に受動的な存在で、行為主体性を持たないから、意味が外部にあるので記号接地問題みたいなものになるけど、コンピュータもエージェントとして自律的な行為主体になれば、意味の生産主体になるというか、外界を解釈し意味づける。

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じゃあ機械と人間がどうやってこの implicit communication の文脈共有をするかというと、コンピュータメモリ上に展開されたオブジェクトがそのまま保持されていること(パソコンを閉じてスリープして復帰するときにウィンドウがそのまま保持されているみたいなことを考えればよいし、ブラウザタブを開きっぱなしにしていることもこれに類するとおもう)、オブジェクトが可視化されGUI上に展開されていること、などがあるとおもう。GUIに展開されているというのは、人間の認知能力をそのまま使っているといえる。

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これはダン・インガルスが模式化した人間同士のコミュニケーションの図で、explicit communication は言語とか絵画とかなにかしら外化された表現物、implicit communicatin はそれを解釈するための暗黙の文脈。人間のコミュニケーションをこのように模式化したうえで、コンピュータとの言語をつうじたコミュニケーションもこのようであるべしとし、プログラミング言語がこういった特性を支えられるようにしようと考えた(のが件の文章)。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

境界線のひき方として、その'もの'自体を目印にするのはまずは第一歩となる。だがこれでは自由自在に役を演じるわけにはいかない。「あそこにあるあの椅子」のことで何か言おうとするとき、毎回毎回「あの椅子」を特定し、境界線をひく作業を繰りかえさねばならないのだ。ここが「参照」の役立つ点だ。話題にしたい対象と、ある単義的(ユニークな)目印とを関連づけたら、その後はその目印を示すだけでもとのオブジェクトのことに言及できるのだ。

@shapoco@misskey.io