先のツイートが理解できなくはないというのはSNSで林原を過剰に責めたてることにあまり意味が見出せないという点。

tenjuu99(天重誠二)
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
- SPACE NOBI
表現の自由を認めるなら差別表現も認めるべき、という粗雑な論理のパラフレーズを雑に行っているようにしか思えませんが……
https://x.com/shunnnn002/status/1933700291935023327
「排外主義」という言葉を価値観の合わない人間を追い出すようなことにまで適用するのっていま一般的なんですかねえ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/排外主義
ja.wikipedia.org
排外主義 - Wikipedia
結局その論点、リベラリズムかどうかって話になって反リベラリズムこそ排他的みたいな主張しているだけで、事実上ただのポジショントークでしかなかった。 https://x.com/shunnnn002/status/1935360710512623666
いちおう元はこれか。これ林原めぐみのこと言ってるとおもうけど、言い回しはひっかかるものの、これは言っていることは理解できなくはない。 https://x.com/shunnnn002/status/1933700291935023327
家族に日本国籍じゃない人がいる人だって全然いるし、なんで身の回りの人を大事にすことが日本人ファーストになるんだ。幼稚すぎるよ。
人権とかちゃんと勉強した方がいいよ。
なんでこういう人たちはリベラルがどうとかばっかり話して肝心要の今起こってる差別についてはまったく批判しないの?
https://x.com/shunnnn002/status/1935360710512623666?s=46
身の周り的なリアリティから国家的意識までの飛躍が「自然」という魔法で消去されるわけでしょ。
「家族・友人・意見の合う人を大事にするのは当たり前」から「大勢が「日本人ファースト」と言い始める」ことを「自然」としてしまう批評家(?)すごいな。
仮にも中道層から集票しようという党から(自民党は除く)、こういう差別による集票が有効とみなされているのが、さすがに危険すぎる
玉木落ちるとこまで落ちてんな。 主張がネット風見鶏でしかないから参政党に合わせてきたんだろうけど。
そうすると、専門家としての規範とかになるとおもうんだけど、こういうのを有効に機能させようとすると、科学者のように孤立した活動が難しい場合にはある種の村八分が有効で、もしくは日弁連のようなライセンス性にしてしまう、などが考えられる。デザイナーについてこういうことができるかというとできそうにもない。とくにインハウスデザイナーだとそうだ。
てか議論するにしても、規範性があるというだけじゃなくてボイコットの権利があるとかまで議論したほうがいいと思うけど、そうなるとやっぱり一般的な倫理とケーススタディみたいな話でしかない気はする
ある専門的活動が反倫理的にならないようにするには、専門家に対する規範性みたいなのが必要なのだろうか、というかそれは有効に機能するんだろうか。ダークパターンとデザイン倫理みたいな話のことを想定しているのだけど、ここで語られる「倫理」がプチブル的なものであるのはしばしば感じる。
日本って制作者の主体性というものが信じられすぎていて、シュルレアリスムとか写真とかそういうものが評価される地盤が弱すぎる。一部イラスト界隈の反AIとかも「制作者の主体性」信仰から来るように思う。
日本でシュルレアリズム展やろうにもウケないからやらないよねぇ
「シュルレアリズムの時代の世界」というシュルレアリストが1929年に描いた地図、日本なくてウケる。これも植民地主義国家が消滅させられているっぽい。 https://www.researchgate.net/figure/Le-Monde-au-temps-des-surrealistes-in-Varietes-Brussels-special-issue_fig1_333949707
ジーゼル・フロイントのこういうデモの写真、ベンジャミン・ブクローが「主体の匿名性」という視点で解説を加えていて、おもしろいというか、この系譜っていまでもあるよなとおもった。フロイントと対比的に語られるのがエアナ・ランドヴァイ・ディルクセン Erna Lendvai-Dircksen で、彼女は肖像写真のなかに人種を刻印しようとした(ナチの人種主義的イデオロギーに利用された)。同時代の女性写真家で、主体をめぐる立ち位置の差を浮き彫りにしておもしろい解説だとおもう。 https://sammlung.staedelmuseum.de/en/work/frankfurt-am-main-1-mai-1931-9
sammlung.staedelmuseum.de
Frankfurt am Main, 1. Mai 1931
photograph by Gisèle Freund
ていうかシュルレアリスムかどういう背景で成立していたのかあんまり語られていない。
1931にフランスで国際植民地博覧会というおれの帝国がまじすごいみたいな展示があり、それに対してシュルレアリスムが「植民地の真実」という展示を開催していたという話、知らなかった。日本において美術の教科書的な語りの中でシュルレアリスムってまじで語られていないなと思うけど、当時から(1931年から)反植民地主義運動と関わっていたとかそういうのちゃんと語られたほうがいいよなぁ。
クソ記事で笑った
Linuxのソースコード内に「fuck」「クソ」「まぬけ」などの暴言がどれだけ含まれているかをグラフ化、2018年を境に「fuck」の出現頻度が激減 - GIGAZINE https://gigazine.net/news/20250618-linux-kernel-word-count/

gigazine.net
Linuxのソースコード内に「fuck」「クソ」「まぬけ」などの暴言がどれだけ含まれているかをグラフ化、2018年を境に「fuck」の出現頻度が激減
Linux開発プロジェクトのメーリングリストではリーナス・トーバルズ氏による強烈なフレーズを含んだメッセージが飛び交っていることが知られていますが、Linuxのソースコード自体にも「fuck」「crap(クソ)」「idiot(ばか、まぬけ)」といったフレーズが大量に含まれています。Linuxのカーネルのソースコードにどれだけの暴言が含まれているのかを可視化できるウェブアプリ「Linux kernel word count」が話題になっていたので、実際に使ってみました。
Strudelのライブコーディングがツイッターでバズるとは?!
https://x.com/kurogedelic/status/1935278465093353597?t=xqO82OiUUuNbYvji8glDZA&s=19
Copilot のクソコードレビューをみておもったのが、コードレビューって正しいかどうかはどうでもよくて、思考を深めるためのもので、だから対話的プロセスと気付きのためのヒントがほしいと思った。
まあ GitHub Copilot にコードレビューやらせると、どうでもいいことしか書かないし、「なぜ」を書かないくせに「こういうコードのほうがいいのでは?」みたいなこと言ってきてしかもコード間違ってるから死ねって思うけど...。
linter とかをエディターに組み込んでいるのとおなじ理屈で、コードをリアルタイムに読み込ませて、「これだとこのへんの依存関係がおかしくなりそうだけど?」みたいなコメントを出してくる、みたいなやつ。
生成AIにコード生成させるとそれをレビューするのは人間になるけど、逆でAIにコードレビューさせる、対話相手にするとかのほうがいい気がするけど、どうなんだろうな。 いやもちろん経営者にとっては少人数でやっていけるコード生成のほうがいいんだろうけど。
スプリント終了直前にレビューに出されるコードたち 高校も卒業できない
