tenjuu99(天重誠二)'s avatar

tenjuu99(天重誠二)

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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています

@Coro@mstdn.maud.io · Reply to Coro

> アーティストたちは、作家、画家、プログラマーなど、好みのメディアによって自分自身を定義することが多いが、これらのツールは、人間の知性とその最も価値あるアウトプットである創造性を包むラッパーにすぎないことを忘れてはならない。これらのツールが進化すれば、多くの場合、自己表現が容易になる。その手軽さを怠慢と混同したり、新しい創造的な媒体が古いものよりも価値がないという証拠とするのは間違いである。ある新聞読者が1897年、タイプライターのラブレターを擁護するために編集者に宛てた手紙の中で書いているように、古い技術には往々にして経年変化による「感傷的な魅力」がある。

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Is the disruption caused by AI art actually new, or does it just feel new?

freethink.com/robots-ai/is-the-disruption-caused-by-ai-art-actua.

freethink.com

Is the disruption caused by AI art actually new, or does it just feel new?

From paint in tubes to typewriters to photography to digital art, the history of creativity is a history of disruptive technologies.

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

SNSが自警的世界観になってしまっているのがそもそもおかしくて、批判すべきなのはプラットフォームと、それと結託するデマ屋・扇動家みたいな存在だとおもう。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

もとの林原めぐみをSNSで断罪することに意味がないって話はSNS疲れたってだけの話でしかないとおもうけど、そこからリベラリズムとか排外主義とか政治の話に飛躍しているから理屈の立て方がそもそもおかしくなる

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

先のツイートが理解できなくはないというのはSNSで林原を過剰に責めたてることにあまり意味が見出せないという点。

@hhvm@fedibird.com · Reply to 偽オム/hhvm

家族に日本国籍じゃない人がいる人だって全然いるし、なんで身の回りの人を大事にすことが日本人ファーストになるんだ。幼稚すぎるよ。

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「家族・友人・意見の合う人を大事にするのは当たり前」から「大勢が「日本人ファースト」と言い始める」ことを「自然」としてしまう批評家(?)すごいな。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

そうすると、専門家としての規範とかになるとおもうんだけど、こういうのを有効に機能させようとすると、科学者のように孤立した活動が難しい場合にはある種の村八分が有効で、もしくは日弁連のようなライセンス性にしてしまう、などが考えられる。デザイナーについてこういうことができるかというとできそうにもない。とくにインハウスデザイナーだとそうだ。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

てか議論するにしても、規範性があるというだけじゃなくてボイコットの権利があるとかまで議論したほうがいいと思うけど、そうなるとやっぱり一般的な倫理とケーススタディみたいな話でしかない気はする

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

ある専門的活動が反倫理的にならないようにするには、専門家に対する規範性みたいなのが必要なのだろうか、というかそれは有効に機能するんだろうか。ダークパターンとデザイン倫理みたいな話のことを想定しているのだけど、ここで語られる「倫理」がプチブル的なものであるのはしばしば感じる。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

日本って制作者の主体性というものが信じられすぎていて、シュルレアリスムとか写真とかそういうものが評価される地盤が弱すぎる。一部イラスト界隈の反AIとかも「制作者の主体性」信仰から来るように思う。

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net

ジーゼル・フロイントのこういうデモの写真、ベンジャミン・ブクローが「主体の匿名性」という視点で解説を加えていて、おもしろいというか、この系譜っていまでもあるよなとおもった。フロイントと対比的に語られるのがエアナ・ランドヴァイ・ディルクセン Erna Lendvai-Dircksen で、彼女は肖像写真のなかに人種を刻印しようとした(ナチの人種主義的イデオロギーに利用された)。同時代の女性写真家で、主体をめぐる立ち位置の差を浮き彫りにしておもしろい解説だとおもう。 https://sammlung.staedelmuseum.de/en/work/frankfurt-am-main-1-mai-1931-9

sammlung.staedelmuseum.de

Frankfurt am Main, 1. Mai 1931

photograph by Gisèle Freund

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1931にフランスで国際植民地博覧会というおれの帝国がまじすごいみたいな展示があり、それに対してシュルレアリスムが「植民地の真実」という展示を開催していたという話、知らなかった。日本において美術の教科書的な語りの中でシュルレアリスムってまじで語られていないなと思うけど、当時から(1931年から)反植民地主義運動と関わっていたとかそういうのちゃんと語られたほうがいいよなぁ。

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@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

Copilot のクソコードレビューをみておもったのが、コードレビューって正しいかどうかはどうでもよくて、思考を深めるためのもので、だから対話的プロセスと気付きのためのヒントがほしいと思った。