この「近代化」という物語は、おどろくほど強いと、いろいろなところで感じる。いい言い方ではないが、土着的信仰のようなものがある。

tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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こうした隠蔽を正当化するのが、「近代化」という物語であり、もはや当初の形すらわからなくなった進歩史観である。
これは、2023年のマティス展のことを想起しながら書いている。あの展示では、マティスの造形的発展が物語化され、マティスの旅行も戦争もないが如くだった。マティスの旅行はアルジェリアやモロッコ、タヒチなどで、だいたいフランス植民地である。彼が光を求めてこうした国に行ったのも、ゴーギャンという先例があり、脱西洋的な文脈意識でやっているわけだけど、こうした文脈はすべて切り捨てられる。
展覧会のキュレーションの手法として、ある作家を制作時期に沿って配列していって、読解可能な物語が成立していることがしばしばあるけど、それは当然無垢に配列していったらそうなるということではぜんぜんなく、未来から先取りして物語として再構成しているからそうなる。書いてしまえば言うまでもないことだけど、この物語化のなかでかなりの情報が捨てられることになり、かつ編年体的構成によって真実性のようなものが増す。物語性のある編年体構成は、自身の取捨選択という手口そのものを隠し、そこから「何が捨てられたか」を忘れさせてしまう。
必読っぽい
書評:萩原弘子『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』 https://bijutsutecho.com/magazine/insight/31265

bijutsutecho.com
書評:萩原弘子『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラック・アート」運動の研究』
1980年代に「ブラック・アート」研究を始め、その領域では第一人者とも言える萩原弘子が2022年に刊行した書籍『展覧会の政治学と「ブラック・アート」言説──1980年代英国「ブラッ…
これ見てみるか。案の定のレビューであるが。
ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0774YY2TW/ref=atv_dp_share_cu_r
amazon.co.jp
Amazon.co.jp: ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女(字幕版)を観る | Prime Video
日本統治下の大韓帝国。初代皇帝・高宗の娘に生まれた徳恵翁主は、政略に巻き込まれ、わずか13歳で日本へ留学させられる。祖国に帰れる日を待ちわびながら月日は流れ、大人となった彼女の前に、幼なじみのキム・ジャンハンが立派な青年となり姿を現す。
李垠さんは、三・一独立運動のころには陸軍将校、関東大震災にも日本陸軍軍人として対処せざるを得なかったとおもうのだが、どんな心情だったのかはまったく想像がつかない。
方子さんは、韓国内での誹謗中傷にもめげずに障害児教育にたずさわり倫理的に優れた人物だとおもうのだけど、日帝時代の同化主義の残滓でもあり、こういう人が韓国社会でそれなりに尊敬され(どのくらいかはわからないが)、それを韓国軍事政権が利用するというのは、歪さがある。ポストコロニアリズムというが、具体的な権力機構のなかに、まさしくコロニアリズム自体が機能しているのだとおもわされる。
李垠さんと李方子さんのことをまったく知らなかったのだが、夫の李垠は李氏朝鮮の皇族で、幼少時から日本で育てられ(兄が皇帝だが子をなせなかったためほぼ人質として育てられている)、正規の日本軍人で、方子は日本の皇族。終戦で李垠は公職追放もされ、ふたりとも国籍を失う(李承晩に嫌われたため韓国籍を取得できなかったらしい)。1961年に朴正煕が李垠に会いに訪れ、訪韓を歓迎すると伝え、翌62年には韓国籍を取得する。1970年李垠没後、方子は韓国で障害児教育にたずさわり、全斗煥政権下で勲二等が授与されている。 https://ja.wikipedia.org/wiki/李垠 https://ja.wikipedia.org/wiki/李方子
ずいぶん複雑な人生で、おそらく二人とも尊敬できる人そうだなとおもうんだけど、朴正煕とか全斗煥にあきらかに利用されてもいて、あと李垠の日帝軍人時代の部下とかがたぶん韓国建国時に軍部として活動している。朴正煕も日帝の軍人だった。韓国右派のイメージがまったくつかなかったのだけど(ネトウヨは想像つくが)、このふたりの活動を見るとずいぶんイメージが具体的になった。李方子さんは戦前、日鮮融和の象徴として活動していたわけだし、戦後の韓国での活動は本人の意識とは無関係に、存在じたいに日鮮融和のイデオロギーが機能してしまう。
ja.wikipedia.org
李方子 - Wikipedia
なぜ美術館は人が休むことを拒むのか
眺めのいい部屋、名前なんとかならんかとは思うけどそれはともかくとして、昔あった自販機を復活させてほしい
机の天板がデカければデカいほど物が置けるようになり作業スペースが縮小する
机の天板はデカければデカいほどいいと見せかけてそれは罠で小さい方がよかったりする?
これはめちゃめちゃモヤっとしそうだわ https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/prism-of-the-real-the-national-art-center-tokyo-report-202509
こういうのとか...。
"経済成長と政治的安定を実現した日本はほかのアジア地域と比較して魅力的な場所となり、80年代から多くの海外アーティストが来日するようになった。"
あと、「レンズ3: コミュニティという未来」とか、90年代にいきなりDIY精神によってオルタナティブな美術活動がはじまったとでも?歴史をふりかえる展示なのに歴史性を無視しすぎでは??

tokyoartbeat.com
「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989–2010」(国立新美術館)開幕レポート。村上隆、奈良美智、森村泰昌、大竹伸朗ら日本現代美術を代表する作家が勢ぞろい
香港M+と国立新美術館、ふたつの美術館が見つめる1989〜2010年の日本美術。会期は9月3日〜12月8日
行ってから考えるべきなんだろうけど、なんかアブジェクションっぽさを強調されている印象なのも気になる...
https://art.nikkei.com/prismofthereal/curatorial/ これ気になるから行くとおもうけど、「戦後、政治の安定を得て、経済成長を遂げた日本」とか、「戦後生まれのアーティストたちは過去の重みを踏まえながら戦争や核のトラウマ、植民地支配の記憶といった課題に取り組み、歴史の通説を疑ってその読み直しを行いました」の章が「過去という亡霊」と題されているのとか、ちょっとウッとなっている。植民地主義の問題って過去という「亡霊」ではないのでは?植民地主義を「過去の亡霊」とするような視点と、戦後に政治が安定したとする視点は整合性があるとおもうけど...(「もはや戦後ではない」)。

art.nikkei.com
時代のプリズム|Prism of the Real 1989-2010|日本で生まれた美術表現|MAKING ART IN JAPAN
複数の視点から日本で生まれた多様な美術表現に光をあてる国立新美術館と香港 M+ による初の協働企画。
気になる新刊
『高尾山の社会史』金川 英雄, 青弓社, 2025
高尾山はそもそも修験道の霊場であり、「精神病」患者を受け入れて滝治療などもおこなっていた事実はあまり知られていない。歴史的にどのような存在として、人々や地域に受け入れられてきたのか。https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787221070/

高尾山の社会史 | - 金川 英雄(著)
東京都八王子にある高尾山は、東京近郊の登山スポット、ハイキングコースとして知られ、近年では海外からの観光客も含めて多くの登山客でにぎわいをみせている。高尾山はそもそも修験道の霊場であり、「精神病」患者を受け入れて滝治療などもおこなっていた事実はあまり知られていない。歴史的にどのような存在として、人々や地域に受け入れられてきたのか。戦国時代から江戸時代にかけて、街道などの交通網が整い、河川の改修なども実施されていくなかで高尾山は要所になっていく。また、「精神病」やそのほかの病気、けがを負う患者が滝治療...
In-Mates は検閲にフォーカスがあたりがちだけど、作品としてちゃんと検討される必要がある
弊noteで恐縮ですが、初めて『In-Mates』を観た方へ、こちらのnoteにあるリンクを色々見ていただけるとだいぶ膨らむかと。
https://note.com/away/n/n7d693776386e

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スナック社会科横浜映画祭#2「特集:飯山由貴」に向けて③|サトマキ
次のスナック社会科は2年ぶり2回めの「スナック社会科横浜映画祭」です。チケットは下記にて販売中⬇ ■会場チケットはこちら スナック社会科横浜映画祭#2 特集:飯山由貴 【上映作品】・hidden names(2014,2021年/25:40)・In-Mates(2021年/26:50)・家 peatix.com ■配信チケットはこちら スナック社会科横浜映画祭#2 特集:飯山由貴 【上映作品】 ・hidden names(2014,2021年/25:40) ・In-Mates(2021年/26:50) twitcasting.tv
Jaewon Kimさんの『In-Mates』レビュー再掲。
https://note.com/zaigen/n/ncc8a7d2d1e54

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スナック社会科vol.4『In-Matesと私(たち)』に寄せて|Jaewon Kim
《In-Mates オンライン編集版》 2021年 26分50秒 写真:金川晋吾 2022年12月4日にネイキッドロフト横浜で行われた、スナック社会科vol.4『In-Matesと私(たち)』にあわせて執筆した文章をこちらでも公開します。スナック社会科の配布資料より一部改訂したものになります。 『In-Matesと私(たち)』に寄せて 飯山由貴『In-Mates』は1930年頃日本に渡り、精神病院に入院、その後亡くなった二人の在日朝鮮人を取り上げた作品である。劇中では、日本での生活を経て精神病と診断された二人の姿が、歴史研究者による史実の解説と
飯山由貴さんのIn-matesもう公開おわりそうや!
https://vimeo.com/manage/videos/1114809372
vimeo.com
Vimeo
@seki_takanao なんかあったの
"其の時代其の思想に合い其の社会の知識に適せざるべからず。(略)必ずや今日の社会今日の思想に適する美術無かるべからず。本会は即ち此の明治時代の美術を振興するを以て目的と為す物なり(「明治美術会趣意書」)"
最初期の洋画団体が「明治美術会」と時間的な区分を名称に用いたのに対し、日本画系統のグループが「日本美術協会」だの「日本画会」だの「日本美術院」だののきなみ「日本」と名乗ったのは、ちょっとおもしろいな。初期洋画にとって重要だったのは、いってしまえば現代的であるということだったから時代区分としての「明治」を冠したけど、日本画グループはそうじゃなかった。




