2年間限定の消費税減税、2年後には1%→8%の増税が待ち受けているって考えると、事業者は価格をステルス値上げして(現状の税込価格と同等の価格設定にして)、2年後の打撃のために現金作ろうと考えるとおもうんだけど。2年のうちに競争原理が働いて価格引き下げになるとはおもえない。事業者救済としてなら理解できるけど、財源がもし国債でないのであれば、どこかを削って食料品事業者を救済するという話にしかならない気がする。

tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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POSシステム提供事業者が複数事業者に対してシステムを提供している場合と、ある事業体でその事業体独自のPOSシステムを導入している場合があり、それらのための共通規格はたぶん存在していないとおもう。どれだけ個別事案があるかもよくわからない領域なんじゃないかという気はする。実体はもっと単純なのかもしれないけど。
POSレジはそんなに簡単じゃないんじゃないかな。対象となる商品によって税額が違っていたり、割引・割増はどう扱うのかとか。各POSシステムの設計がどうなっているか次第でいろいろありそうな気がする。
国立ハンセン病資料館、企画展示見にいきたい。 2026年企画展「ハンセン病療養所のなかの「外国人」」 https://www.nhdm.jp/events/list/10295/

nhdm.jp
2026年企画展「ハンセン病療養所のなかの「外国人」」 <会期:7月18日~11月29日> | 国立ハンセン病資料館
具体性は一切なくて、財源ないまま消費税減税するとだけ決めてしまう。 https://www.47news.jp/14710095.html
47news.jp
【速報】「赤字国債に頼らず財源確保」と首相
高市早苗首相は30日の自民党臨時役員会で、消費税減税について「特例公債(赤字国債)に頼ること ...
財源(役5兆円)が結局明示されないまま進めば、国債発行で対応するしかないわけで、財政規律への疑いが円安を促進するわけで、減税分の効果はすぐに吹き飛んでもおかしくない。今日河野太郎が「財源の目処が立っていない」と投稿しているくらいだから、実際に目処がたっていないんだろう。
いまみたいな原価高で、どこも値段に転嫁したい状態なわけで、消費税が減税されるんなら事業者は価格下げずに利益にするとおもう(サイレント値上げ)。しかも2年後には税金が上がると予告されているのであれば、なおさら値下げしたくない(2年後に値上げしなければならなくなる)。食料品事業者支援としては意味があるが、物価高対策として意味がない。
消費税減税ってまじでやるの?意味ないからやめてほしいんだけど...。
仕事でRoR触ってるんだが、触りたくねぇ
https://world.hey.com/dhh/wolves-sheep-and-gypsies-ba44af6a 이제 인종주의자인 것을 딱히 숨기지도 않는 DHH
world.hey.com
Wolves, sheep, and gypsies
In 2012, the first Danish wolf in nearly two hundred years was discovered in the northwestern part of the country. Their numbers increased slowly in the years that followed, and by 2020, fewer than ten wolves were still being tracked. But then the population began to rise sharply: around 14 in 2021, 30 in 2022, as many as 80 by the end...
2006年の記事の翻訳。
UXデザインの先には「戦争のデスクトップ化」の恐れがある、という話になるのかな。
Olia Lialina “Rich User Experience, UX and Desktopization of War” (Japanese translation) ⌇ Baku Hashimoto
https://baku89.com/rue/translation

baku89.com
Olia Lialina “Rich User Experience, UX and Desktopization of War” (Japanese translation)
オリア・リアリナ & ドラガン・エスペンシード「リッチなユーザー体験」。『Web 2.0の諸要素とともに』(With Elements of Web 2.0、2006年)シリーズより This is a rough Japanese translation of Olia Lialina 's
メディアこそメッセージ
そういえば元記事読んで思ったけど、ゴードン・マッタ=クラークらのオルタナティブスペース運動とヒッピームーブメントって関係ないの?ふつうにありそうだけど。
クラウスがオルタナティブスペース運動について論じていたのと近い。 https://hollo.tenjuu.net/@tenjuu99/019f9dde-420e-7d5e-8c83-0c41b3402c70
hollo.tenjuu.net
Art Since 1900 でゴードン・マッタ=クラークに…
Art Since 1900 でゴードン・マッタ=クラークについて書いてあるところ探すと、ひとつはスミッソンの後継者としての記述で、もうひとつはオルタナティブ・スペース運動についてで、後者を書いているのがロザリンド・クラウスだった。クラウスの文としては意外に感じられるくらいジャーナリスティックな書き方で、オルタナティブ・スペース運動は10年も経たずに制度に回収される、というような内容だった。もちろん言っていることはわかるんだけど、一部の事例だけから見た記述だからなぁという印象が拭えない。いまだったら、オルタナティブスペース運動はルアンルパとか繋げて考えたほうがたぶんよくて、制度とのコンフリクトをかかえつつ自律的な経済・社会を目指すみたいな流れがあるとは言いたい。クラウスは諦めが早すぎる。
Art Since 1900 でゴードン・マッタ=クラークについて書いてあるところ探すと、ひとつはスミッソンの後継者としての記述で、もうひとつはオルタナティブ・スペース運動についてで、後者を書いているのがロザリンド・クラウスだった。クラウスの文としては意外に感じられるくらいジャーナリスティックな書き方で、オルタナティブ・スペース運動は10年も経たずに制度に回収される、というような内容だった。もちろん言っていることはわかるんだけど、一部の事例だけから見た記述だからなぁという印象が拭えない。いまだったら、オルタナティブスペース運動はルアンルパとか繋げて考えたほうがたぶんよくて、制度とのコンフリクトをかかえつつ自律的な経済・社会を目指すみたいな流れがあるとは言いたい。クラウスは諦めが早すぎる。
絶句
【分析】「あれを覚えているか?」 起きたことのない出来事を国民に思い出すよう求めるトランプ氏 - CNN.co.jp https://www.cnn.co.jp/usa/35250986.html

cnn.co.jp
【分析】「あれを覚えているか?」 起きたことのない出来事を国民に思い出すよう求めるトランプ氏
トランプ米大統領は23日、国民にこう問いかけた。2年前に起きた大規模なテレビの機能停止を覚えているかと。そのような機能停止は起きていない。空想を話すのが好きなトランプ氏は以前と同じように、自身が作り出した出来事を思い出すよう国民にはっきりと求めた。
舞台で起きるイリュージョンと客席の外部にある現実、という枠組みは芸術鑑賞においてかなり根本的な様式だけど、この安全性を脅かすこと(イリュージョンの破綻)は近代芸術の主な手法で、終わりどころではない。この手法が陳腐化しているんじゃないかという議論はありうるにしても。
なぜ近代芸術の出発点がリアリズムだったのかって話。
芸術の終わりどころか、こうした鏡としての芸術みたいなのは近代芸術の始まりそのもの。
マネってこれだけどね。ただし、「考えさせる」んじゃなくて、芸術に観客席なんてなくて、ただ見るという行為だけで現実に巻き込まれてしまっている。
「現実を見せることで問いを投げかけて考えさせる」ことしかなくなったらあらゆる芸術は終わりである。
権力の象徴敵体系を打ち砕くだけで抵抗になりうるだろうか、とは素朴に疑問がある。
ヒトラーの真の敵 芸術の政治化のために 田野大輔 https://www.i-repository.net/il/user_contents/02/G0000031Repository/repository/keidaironshu_054_003_095-113.pdf
ファシズムの「政治の美学化」に対して「芸術の政治化」をもって答えようとするベンヤミンの考えを敷衍して、どうした表現が「芸術の政治化」として抵抗運動たりうるかを整理した論考。 この論考は、ベンヤミンをテーゼとしてだけでなく、実践レベルで検討していて、いろいろ参考になるなとおもいつつ、限界を感じる。「政治の美学化」という命題じたいが間違いなんじゃないだろうかという気もしている。とくに問題なのは「政治の美学化」が有効に機能するには、おそらく人種主義と検閲という二つの力が必要になっているはずで、というのも美学化された政治が徴発するのは同胞意識と排他感情で、またそうしたときに「何が敵であるか」を決定する検閲システムこそが、この美学を駆動している本体であるように思われるのだけど、ここで述べられている実践だけでは端的に検閲システムに対して、なんら抵抗力がないとおもう。
ベンヤミンが期待をかけていたのは、複製技術の発達ということであるだろうけど、現代がハイパー複製技術とでも呼びうる時代になってみて、それでもなお政治的権力はさまざまな場で強力な検閲を実行することができる。検閲を潜りぬけるための技術的諸条件を、ベンヤミンが生きた時代に考えぬくことは不可能だっただろうけども、いまはたぶんそれを考える必要があるのだとおもう。
これを読むと、ベンヤミンはある時期ユングを批判的に研究をしていたそうで、それはユングのなかに人種主義を見ていたからだろうとは思われる。 https://satotarokarinona.blog.fc2.com/blog-entry-1649.html

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『ベンヤミン – ショーレム往復書簡』 | 荒野に向かって、吼えない…
『ベンヤミン – ショーレム往復書簡』新装版が出たが僕が手にしたのは旧版の方である。ヴァルター・ベンヤミンの遺品はゲシュタポの手に落ち、ほとんどが廃棄されたものと考えられていた。つまり、ベンヤミンが送った手紙は受け取った人が保管していたが、ベンヤミンが受け取った手紙は失われたと思われていた。しかし実際にはその多くがソ連を経て東ドイツに保管されていた。こうして1933年からベンヤミンが命を絶つ40年までに交...
ベンヤミンはナチを批判するけど、ナチのなかの人種主義についてはあまり検討していないように思える。友人のショーレムはシオニストで、ショーレムとの往復書簡が出版されているけど(未読)、すくなくともベンヤミンはシオニズムを批判してはいなそうで、ナチとシオニズムの同型性を見ていたのかどうかわからない。
ベンヤミンがナチの追手から逃れることができて、戦後のシオニズムの展開を見てなんと言っただろうかということをなんとなく考えてしまうが、想像がつかない。
不快な経験ってどうしても頭にこびりつくな
Art Since 1900 でゴードン・マッタ=クラークについて書いてあるところ探すと、ひとつはスミッソンの後継者としての記述で、もうひとつはオルタナティブ・スペース運動についてで、後者を書いているのがロザリンド・クラウスだった。クラウスの文としては意外に感じられるくらいジャーナリスティックな書き方で、オルタナティブ・スペース運動は10年も経たずに制度に回収される、というような内容だった。もちろん言っていることはわかるんだけど、一部の事例だけから見た記述だからなぁという印象が拭えない。いまだったら、オルタナティブスペース運動はルアンルパとか繋げて考えたほうがたぶんよくて、制度とのコンフリクトをかかえつつ自律的な経済・社会を目指すみたいな流れがあるとは言いたい。クラウスは諦めが早すぎる。
自分もこの展示を見にいったようなんだけど、なんかぜんぜん記憶がない。


