これ、難しすぎるな... 現時点では国家承認したほうがいいのだろうけど

tenjuu99(天重誠二)
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
193 following131 followers
読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
- SPACE NOBI
サイードの立場は、二国家解決は欺瞞だというもので、一国家解決で多民族国家化するというものだったとおもう。国家はイスラエルだけでいいのだけど、現状のままではイスラエル内アラブ人が二級市民となってしまう。民族・人種による差別を克服した一国家が成立する必要がある、という立場だったとおもう。 「一国家解決」で検索してみると、イラン・パペもその立場らしい。それで、パレスチナ解放運動そのものが一国家解決を目的にしたほうがいいという立場。 https://x.com/inlaforet/status/1805349611403354374
リベラルシオニズムの批判がまわってくる一方でパレスチナ国家承認の署名がまわってきている。パレスチナ国家承認は二国家解決で事実上リベラルシオニズムと立場をおなじくするのだけど、このへんはどうなんだろう...。 https://www.change.org/p/世界につづけ-パレスチナ国家承認

change.org
あなたの声がチカラになります
世界につづけ パレスチナ国家承認
【自己まとめ】
東京新聞にもあるが、当初西田昌司は「日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆりの隊が死に、米国が入ってきて、沖縄が解放されたという文脈」と言ってたが、『正論』寄稿では「日本の『侵略』で戦争が始まり、米軍の『進攻』または『反攻』により戦争が終わった」と焦点をずらした。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/409031
週刊金曜日にも書いたが、「台湾有事」を想定した沖縄の離島からの避難計画が政府によって進められている現在だからこそ、「軍隊は住民を守らない」歴史は権力にとって桎梏となる。「東京裁判史観」云々は西田の言い訳的デコイにすぎず、問題の改憲集会でも「緊急事態」「住民保護」法整備からの文脈だ。
なので、西田発言の問題は「歴史認識」上の対立というよりも、台湾有事を念頭においた計画を進めるためのイデオロギー的露払いの一環であることを強調したほうがよいのでは。
自衛隊サイトへの牛島司令官辞世の句掲載問題もあったが、沖縄をめぐる歴史否認論は「軍隊は住民を守らない」教訓の払拭が軸であったとも言える。沖縄タイムスが西田発言をうけてすぐさまこの年表に位置づけたのは、やはり的確だった。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/gallery/1578894
*画像は朝日小学生新聞2025年3月29日付より
今日みかけたアッツ島先住民のアレウト族のこと、Wikipediaにもちゃんと書いてあるんだな https://ja.wikipedia.org/wiki/アッツ島

ja.wikipedia.org
アッツ島 - Wikipedia
造形大に通っている教え子とたまたま会い、そこで聞いたところによると、中国からの留学生にとって、ムサビは人気が高いらしい。それだけに環境整備費の問題はとても残念だ、と。
「自由には責任がともなう」系の言論と「おおいなる力にはおおいなる責任がともなう」系の言論、混同されている気がする。前者って近代の法的な理屈として「責任を果たしうるためには主体の自由意志が必要である」という立場だとおもうけど、後者は権限のおおきさに応じて責任のおおきさは決まるという話で、話の内容が違う
現在、韓国では大統領選挙の開票が行われています。その中で、20~30代の男性たちが反フェミニストで実質的にファシスト候補である李 俊錫氏を最も支持している事が明らかになりました。私は自国の同世代の男性たちを恥ずかしく思うだけでなく、非常に憂慮しています。10年から20年後の韓国はファシスト国家になる可能性が極めて高いと考えています。社会主義者であり左派として、私は深い無力感を覚えます。

ja.wikipedia.org
李俊錫 - Wikipedia
This should be on TV every day, possibly multiple times per day…. #AI
観客たちも一緒に「FREE FREE PALESTINE!!」の大合唱になった場面は動画にないのだね。声を上げにくそ万博に行ってくれた人リスペクト。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025060100285&g=int&m=rss&fbclid=IwQ0xDSwKqd-NjbGNrAqp3hWV4dG4DYWVtAjExAAEe6-JXkHZ9f4Ad4D6LOOiLhmC0O79jldasRCoexARo1HyZDlH2EXCxWBd_BUY_aem_3Refx-M9UYuCBzW66kpLSg

jiji.com
「私たちは確かに存在している」 パレスチナ経済相が万博で訴え:時事ドットコム
パレスチナ自治政府のアムル経済相が1日、大阪・関西万博の会場で、パレスチナの「ナショナルデー」の式典に出席した。「伝統、創造性、若者の力、不屈の意志をもって、私たちが世界の舞台に確かに存在し続けていることを宣言する」とあいさつした。
哲学だと、デザイン方面からのニーズはけっこうありそうな気はする(ビジネスっていう意味ではないしお金になるかどうかは無関係に)。デザイン方面は企業活動とかかわりつつ、それとも独立な動きがかなり見えるので。
人類学の場合だと、フィールドワークとかの手法がもともとデザインとかリサーチとかとの接点があって、手法に対する反省的態度として関与していくことができるんだけど、哲学もそれとおなじようなことしようとおもうと、企業の実践的諸活動の中でいかに哲学的思考/実践が使えるか、みたいなことになるんじゃないかなとおもう。もうちょっと企業活動の外部みたいなものを考えるとか、労働とかにフォーカスするとかでもいいとおもうけど。ただ、棹さしていくポイントはいくらでもありそうだけど、そこで哲学的専門知が換金できるかというと、それ自体ビジネスセンスが求められる気はする。
企業内哲学みたいなやつ、掘っていけば需要はでてくるけど、現状ではかなり薄いとおもう。メッシュワークとかたぶん近いけど、けっこう熱量が必要な世界じゃないかとおもう。 https://meshwork.jp
メッシュワーク
人類学者の目をインストールすることをミッションとする人類学者によって創設された企業です。変化を求める組織や知的好奇心を持つ個人などを対象に、様々な伴走を行っています。
markdownのメリットはhtmlより自由度が低いことではないかと
アクリルでのグラデーション、海とか空とかしか描けなくないかとおもったらやっぱり海と空なんだ
絵のトレーニングでアクリルとかで色のグラデーションから入るの、どんな絵が目指されているのかよくわからない
この絵については本人が書いてるんだな。 https://www.aozora.gr.jp/cards/000355/files/47303_30890.html
aozora.gr.jp
上村松園 軽女
男性を描いているのはこの絵で、大石内蔵助の討ち入り前の別れだけど、ニュアンスに富んでいていい絵だった。 https://artsandculture.google.com/asset/karujo-s-grief-of-parting-uemura-shōen/_wE7SreOdP-trw?hl=ja
artsandculture.google.com
軽女悲離別図 - 上村松園 - Google Arts & Culture
お軽は、赤穂浪士を率いた大石良雄の京での愛妾です。吉良邸討ち入りを決意した大石が江戸に下る前夜、彼女は別離を悲しみながらも激励の意を込めて箏を奏で歌いました。奥ゆかしさと気概を兼ね備えた女性像を松園は描きたかったのでしょう。憂いを帯びた表情や端正な佇まいが巧みに表されています。上村松園は京都で茶葉を商う家に生まれ...
上村松園の図録ぱらぱらめくって「ん?」っておもったけどあれだ、男性をほとんど描いてないんだ。図録に百点以上掲載されているうち、男性が登場するのは4点のみで主役級で描かれているのは1点だけ。
国家機関はツリーか?みたいなこと考えたくなる
安野氏はgithubでの意思決定がうまくいっているように見えることを成功モデルと考えているフシがあるけど、あれは権力が分散しているからできる。業界団体とかが政治家とかに働きかけて細かいこと動かすのとかそういう分散性の現れだと思うけど、そういうこと見えてなくないかと思う。
地味なネゴシエーションはいろんなとこで行われているし、デモとかもあるよ。
これ大上段で政治について語る資格ないのでは...
"数年に1度の選挙の投票でしか有権者が意思を伝えられない"
(AIと民主主義)1億人の熟議、めざして:朝日新聞

asahi.com
(AIと民主主義)1億人の熟議、めざして:朝日新聞
AI(人工知能)を使えば、1億人が熟議に参加し、合意をすることも夢ではない。そんなことを本気でめざすエンジニアがいる。 安野貴博(34)。昨年の東京都知事選に立候補し、AIで誰もが参加できる開かれた…
西鶴の作り出した女性像は真に悲劇的な性格を持っているけど、その後の歌舞伎とかの過剰演出とかでだいぶオゲレツ化していったらしい。
@Sad_Juno ありがとうございます!読んでみます!
三橋修『<コンチクショウ>考』が、すこし時代の下った近松の心中物などを取り上げて、心中の備える身分制を超える契機や、その契機が結果的にふたたび身分制の差別に落とし込まれていく過程などについて論を立てています。30年以上前の本なので現在でも通じる論かはわかりませんが。
https://cir.nii.ac.jp/crid/1130000795073415680
QT: https://hollo.tenjuu.net/@tenjuu99/019720bb-ab79-75a0-89b3-400fcd86ea75 [参照]
fedibird.com
投稿の参照(1件) by Sad Juno (@Sad_Juno@fedibird.com)
当時の上村松園、島成園、池田蕉園らの登場、女性が自己表現を通じて自己イメージを更新するという過程がかなりあるなと思うけど、その文脈で西鶴が注目されてたの興味深いんよね。好色五代女って女性が恋で身を滅ぼす話なんだけど、女性が恋を通じて主体性を発揮することに着目していると思う。
当時の上村松園、島成園、池田蕉園らの登場、女性が自己表現を通じて自己イメージを更新するという過程がかなりあるなと思うけど、その文脈で西鶴が注目されてたの興味深いんよね。好色五代女って女性が恋で身を滅ぼす話なんだけど、女性が恋を通じて主体性を発揮することに着目していると思う。
右派によるクーデター、だいたい国家体制の転覆してるんだからクーデターを志向する右翼はじつは左翼だった(?)




