Eugen Rochko
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I certainly hope the EU can put the same sanctions on the US for attacking Venezuela as they did on Russia for attacking Ukraine. This is indefensible.

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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
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I certainly hope the EU can put the same sanctions on the US for attacking Venezuela as they did on Russia for attacking Ukraine. This is indefensible.
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@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
図録収録の成相さんの論考は、中嶋のもとの論考の前半部分の理論的なパートをより広げて考察・解釈するもので、花田清輝が婦人雑誌に書いた論考についての考察をしているが、おもしろかった。 さいきん、太宰とか安吾とかが戦後に家庭道徳みたいなものを批判していることについて考えていたけど、花田もそういうのを書いているらしく、こういう論点がわりと気になっている。 https://hollo.tenjuu.net/@tenjuu99/019b5613-81a3-7e70-981c-9d68d1d3491f
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文学読まなくなって久しいけど、昔太宰治にめちゃくちゃハマっていて、最近考えなおしてみたら、太宰の主題って今考えるとあきらかに家父長制で、「恋をする女性」が主人公だったのが、反家父長制の象徴的なモチーフとしてだったんだなと考えていた。 「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」って斜陽で主人公に言わせているのも、内面化された家父長制を打ち砕くために、女性が恋をして私生児を産む、みたいな仕掛けになっている。「家」から解放される手段としての「恋」があった。 太宰がどこかで漱石の悪口を言っていたんだけど、漱石だと結婚の前段に恋があるが、男性が「結婚」という枠組みに回収されて恋は抑圧される。そこで抑圧されたものが「こころ」とかで告白されるけど、そこで懊悩するのも男性だし、なにより「家」はほぼ否定されていない。家父長制はそのまま踏襲されていて、男性はそこで悩むかもしれないが、「こころ」でも妻の内面は語られることがない。「こころ」の妻が家父長制の付属物みたいなものでしかないことを、漱石が否定しているようには思えない。 太宰が女性の恋を主題化して、恋と革命とを結びつけようとしていたのが、昔はおおげさなと思っていたけど、いま整理すれば家父長制と女性というのがモチーフだから、おおげさな話ではないなと思う。
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アンフォルメル、アクション・ペインティングの流行とサルトルの流行について誰か論じてほしい
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
もとの「アンチ・アクション」論考でも、前半パートの日本人男性批評家への読解は秀逸で、後半の作家論も詳しく良くできているのだが、前後半であきらかな乖離がある。今回のアンチ・アクション展は本の後半部分を拡張しているわけだけど、これはただの美術史であって、フェミニズム美術史ではないし、企画者たちもそのように見られたがっている。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
"また、女性のアーティストの作品だけに注目することによって、皮肉なことに「女性の美術」を別のやり方で固定してしまう危険性があることも理解している。たしかに、女性の作り手のうちに特定のアンフォルメル絵画やアクション・ペインティングに同調しない人物や、それとは異なるものへの追求を表明した人物は何人もみつけられる(男性美術家にもみられる)。そこで、目指したいのは、女性美術家の新しいカテゴリーや共通点を探すことではなく、彼女たちの作品がたがいに違うさま、差違を見ることであり、当時、そして現在も周縁化されている絵画作品から、戦後の日本の絵画を新しく見る可能性を提示することである。" (アンチ・アクション展の中嶋泉論考から)
いや、こうなるともうただの美術史であって、フェミニズム美術史ではない。それぞれの作家が傾向でくくることのできない異なることをやっているよね、だと、構造をまったく捉えていない。本来問題なのは「差違」の実態であって、たとえば中央画壇に近かった福島秀子と、松本から始めた草間彌生の「差違」とかは、画壇の権威にまったく捉われることのなかった草間の行為をよく説明するだろうし、福島がある意味では画壇とともに沈んでいった理由の説明にもなっている。もっといえば、人種や経済格差などの「差違」について、中嶋が論じるつもりがまったくないという態度があきらかなことは、個人的には残念に感じることだけど、自らの理論について考えつくしているように思えない。 福島と草間の差違は、「中央・地方」という構造的問題でもあるし、草間が日本の中央画壇を飛び越えて単身アメリカに乗り込んで、人種やジェンダーをある意味で抑圧するような表現をすることは、無関係とは思えないのだが、こうしたことについて中嶋論考ではあまり論じられない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
草間のインフィニティ・ネットはドナルド・ジャッドによって高く評価されたが、これもフランク・ステラのブラックペインティングが抽象表現主義の「表現」性というか、絵画のパフォーマンス性の批判として登場しているし、ラウシェンバーグの「消されたデ・クーニング」とかジャスパー・ジョーンズによる抽象表現主義のタッチのパロディがあり、ジャッドが草間を評価した文脈は文字通り「アンチ・アクション」的な文脈だとおもう。「アンチ・アクション」は、概念の内実としては中嶋泉の独創とも言えないとおもうし、作品を作家という主体と紐付けたがる傾向への批判として登場しているから、ジェンダーにたいしてニュートラルな概念として現れている。それは中嶋論考にとってもそうなのだが、女性作家に注目しすぎてしまって、理論的なフレームとしてはあまり機能していない。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
アンチ・アクションの図録の中嶋泉さんの論考読んだけど、うーん...。なんというか、本人が「アンチ・アクション」という理論的なフレーミングを提案したのが、「アクション・ペインティング」の理論的なフレームの抱えるジェンダー性を解体する目的だったのが、個別具体的な作品分析に入りこんでいけばほとんど役に立っていない。本人によってこの理論がほとんど無効化されているようで、残念である。
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nai_inhexのことは既刊のZINEに書いてきたし、ユリイカ寄稿原稿にも書いたし、新刊にも書いたし、これからも書き続けると思う
「ネタ」にし続けることがわたしの役割です
https://x.com/i/status/2006612320471101896
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
温泉マークあけおめ動画、ホラーじゃんってツッコミ待ちの動画じゃなかったの?
@on1000mark@fedibird.com
新曲あけおめ曲を出したのでこの姿勢でタイムラインをチェックしてます
@on1000mark@fedibird.com
カウントダウンが!!!カウントダウンがはじまりましたみなさん!!!!!!
あけおめのうた2026 - 温泉マーク https://www.youtube.com/watch?si=sl9mgMT1YLVMmuqx&v=26vBkthMxbs&feature=youtu.be @YouTubeより
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あけおめ
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成相さん、この懸念を最初から持っててあの展示になったのちょっとわからないな。
"本展で展示される女性作家の共通点を探すことで、ふたたび「女性らしさ」という檻にその作家性を閉じ込めてしまうことを懸念しているとも語る。本展はそういった「らしさ」からの解放を考えている、ということも重ねて強調した。" https://www.cinra.net/article/202512-antiaction_ienkmkt
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
年越し瓦そば
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
あと、選ばれている作家が14人で、全員日本人女性なのも、階級の諸問題を無視するリベフェミっぽさがつきまとう。というか実際にリベフェミ的だとおもっており、ええっ、いまこれなの?という感想になる。
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アンチアクション展の感想見てるけど、中嶋泉の論点はほぼ誤解されている。展覧会として、まずく構成されているからまあこうなるよなぁ。 https://note.com/65oyazi/n/n57e6dc7075fc
アンフォルメルやアクションペインティングなど男性中心主義のって言うけど、中嶋論考のなかではアンフォルメルがあったから女性作家が出てきたのであって、それからアクションペインティングに移行することでジェンダーの差異が強調されるようになり、女性が忘れられたというもの。こういう誤解が生じる展示だと思う。
@LwVe9@mstdn.poyo.me
「こんな複雑なことをしないといけないのはおかしい」というソフトウェアエンジニアの勘 - valid,invalid
https://ohbarye.hatenablog.jp/entry/2025/12/30/155950
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
自分の部屋が汚なすぎる
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
年末にカラヤンのうっとりした表情を嘲笑することでしか得られない謎の栄養がある
@tsysoba@toot.blue
何と…
国境なき医師団、ガザで活動停止 イスラエルが許可取り消し #47NEWS
https://www.47news.jp/13667383.html
約30団体が対象で、「日本のNPO法人「パレスチナ子どものキャンペーン」や「日本国際ボランティアセンター」も含まれる」とのこと。
@spiralginga@fedibird.com
ずっと書きたくて書けないでいた、「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」展を通して考えた【車椅子で美術を鑑賞するということ】の記事を書き上げたので公開します。車椅子で、マイノリティで、美術を鑑賞する痛み、政治性、ぜひお読みください。
https://kondoginga.substack.com/p/54d
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao あの記述で足りないなら、なになら足りてるのかよくわからない
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao 中嶋さんは作品分析ぜんぜんやってるじゃん。けっこうストレートな様式論的な分析。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao でもそれは完全にエクスキューズだよね。それによって強調されるのは、白髪富士子は白髪一雄のパートナーで制作をやめたという事実だけで、白髪富士子の作品の質から注意を逸らすことにしかならない。男女平等に奉仕的な関係はあったからいいよね、みたいなエクスキューズこそ、作家としての白髪富士子を無視する言論になっている。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
男性性について注意を促そうとする常設展示室
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post
@seki_takanao でも白髪富士子の絵についての解説書いてなかったよね。しかも、白髪富士子の作品のところに「アーティストとパートナー」みたいな文章置いてて、あれが一番許せなかった。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
もしかして: 薔薇刑が常設に展示されてたのも深い意味がある?
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
近美の常設に白髪一雄とかが展示されているコーナー、今回は「アクション!カット!」とかふざけたタイトルだったので、いろいろ議論した中でカットされましたってエクスキューズに見えた。
@seki_takanao@fedibird.com
僕も天重さんの議論に同感だな。準備段階では男性作家の作品も展示するという話もあったみたいだけれども。