このへんかなり重要なこと言ってるよな。
科学における知識創出プロセスを考えると、実験(観測)から仮説を形成し、理論を発展させる一連の流れは、個人レベルではアブダクションの産物だが、科学コミュニティ全体で見れば各研究者の試行錯誤がピアレビュー(査読)や再現検証によって統合され洗練されていく集団知のプロセスである

@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
このへんかなり重要なこと言ってるよな。
科学における知識創出プロセスを考えると、実験(観測)から仮説を形成し、理論を発展させる一連の流れは、個人レベルではアブダクションの産物だが、科学コミュニティ全体で見れば各研究者の試行錯誤がピアレビュー(査読)や再現検証によって統合され洗練されていく集団知のプロセスである
LLMでも記号接地問題って別に解決してなくない?とおもってたけど(ハルシネーションとかあるし)、DeepResearchに書かせたこの記事はけっこうおもしろかった。 https://note.com/delta_ipsilon/n/n92bd32fdde30 記号接地問題は知能が孤立したものだと考えるから問題になるので、記号における意味とは社会内で創発するものだと考えて、環境との相互作用をするエージェントにしてしまえばいい。最近の生成AIがやたら精度あがったなとおもったけど、事前にモデルをつくって記号を生成するというだけではなく、外界のウェブページとかをクロールして対話的に解を提示する(DeepResearchとか)、みたいなのが最近の流行っぽい。プログラム生成のClineとかも、たぶん実コードを探索して生成するんだよね? コンピュータのエンボディメントって物理的な身体が必要かなとおもっていたけど、それがなくても、ソフトウェアに与えられる実環境との対話が可能であればそれだけでかなりそれっぽく振舞える。

note.com
了解しました。LLMにおける個体内アブダクション推論の必要性について、記号創発(特に谷口忠大先生のCPC理論)とMCP(ソフトウェア・エンボディメントにおけるModel Context Protocol)を軸に、分散的な知識形成が個体内推論をどのように代替し得るかを調査します。 査読論文形式(日本語、5000文字以上)で整理し、 記号接地と記号創発の理論的背景 MCPによるソフトウェア・エンボディメントの具体的事例 個体内アブダクションの必要性が薄れる可能性 LLMの知識形成と外部環境との関係 を含めた論考としてまとめます。 調査が完了次第、論文を作成し
雪降り出した
自分は10年以上ぶりに見て、当時のことを思いだしていたけど、観賞中に目の前が真っ暗になった思いがした。怒りもあったし許しがたいとも感じた。このへんは本人にも伝えた感想だけど、みなさんがどう感じるかはわからない。 あれ以来、百瀬が音を主題とした展示をする際に、なんとなく、これは難聴者・ろう者の体験をこういうふうに想定しているんだなと思うようになった。というか、自分が感じるのと同じように感じていない人がいるんだということを考えるようにはなった。
横浜美術館の「おかえり、ヨコハマ」展で、百瀬文の「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」が展示されているので、サウンドインスタレーション勢(?)にはぜひ見てほしい。 百瀬作品のなかでも傑出して胸糞な作品なんだけど、この作品以降、百瀬は音を扱う展示をしばしばしていて、やっぱり耳が聴こえない人の鑑賞体験をどう考えるかはいろいろ悩んでいるように思う。
あと、八木さんによるインタビューの最後で耳の聴こえない人にも体験を届ける方法を考えていきたい、という話を引き出してるのは重要なとこだと思った。SbYEを聴覚偏重主義と切って捨てるのは簡単だけど、実は目指している体験のコアは聴覚に依存してないかもという
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/evala-icc-interview-202502

tokyoartbeat.com
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]にて「evala 現われる場 消滅する像」が3月9日まで開催中。話題となった無響室での展示など作家の真髄に触れられる本展を機に、音楽批評家・八木皓
二進法を作ったライプニッツが八卦詳しかったとかなんとか
横浜美術館の「おかえり、ヨコハマ」展で、自分がへぇとおもったのは、松本竣介の「Y市の橋」についての説明で、松本は1942年くらいから「Y市の橋」を何度も描くんだけど、そのすこし前に同じ場所で描かれた風景には橋の親柱が描かれている。「Y市の橋」シリーズにはそれが無い。戦時中の金属不足のため徴用されてしまったためだ。 絵を見ているだけだとこういうことは気付かないもので、回顧展とかをやってその絵が堂々と並んでいても気付かない。でも、そう言われてみると、松本にとって、その橋にあるべき親柱がないということはどんな意味を持っていたのだろうか、ということが気になってしまう。それは取るに足らないことだったのか、それともその欠如こそが松本にその橋を描かせた動機だったのだろうか。その欠如が、松本にとって取るに足らないか重要だったのかはわからないが、彼と戦争との距離を示しているのではないだろうか。
ゼレンスキーとトランプの会談ようやく見たけど、JDヴァンスがまじでクソすぎだった
コミュニケーションの形が非対称になってるから良くないんよね
インターネット、口の悪さが常習化しちゃうのが良くない こういうのはけっこう真面目に考える必要あると思っている、悪口言ってもしょうがないのに言ってしまう
パルメニデス「そこになければないですね」
@BLUE_PANOPTICON 館長蔵屋さんの肝煎りと考えるともっと攻撃力高いのは期待してたとこありますが、それでも横浜という主題でのリサーチとしては良かったですよ
@BLUE_PANOPTICON けっこう丁寧にリサーチされていて良かったです 意外とは...?
おかえり、ヨコハマたいへんおもしろかったです
間に合っていない
横浜美術館めちゃ久しぶりにきた
これ、わりと楽しみだな
パタン・ランゲージ事例として世界的に有名な盈進学園東野高校建設回想記の書籍化プロジェクトについhttps://note.com/kkd/n/nc39509bf6d15

note.com
パタン・ランゲージによって作られた東野高校建設から40周年 今年、盈進学園東野高校は開校40周年を迎えます。この節目の年に合わせ、同校の建設プロジェクトの回想記をまとめた書籍を出版する準備を進めています。 この書籍は、当時の理事でありプロジェクト責任者だった細井久栄氏による、施主視点の回想記です。建築家クリストファー・アレグザンダーの『The Battle for the Life and Beauty of the Earth』が建築家視点で書かれたものであるのに対し、本書では「なぜこのプロジェクトが始まったのか」「なぜアレグザンダーに依頼したのか」といった施主ならではの視点を掘
プーチンは、まじでバカすぎて御し易いと思っているだろうな...
ロシアも中国も、事をおっぱじめるとしたらバカが大統領やっているうちと思ってないか
「しかし数分後、控えめに言っても前例のない事態が勃発した。和やかな雰囲気は、辛辣な対立に代わり、室内は混乱に陥った。大勢が声を荒げ、状況にあきれ果て、中傷が飛び交った。そのすべてが世界中のテレビカメラの前で行われた。
アメリカの大統領と副大統領は、自国を訪れているゼレンスキー大統領を叱責し、ウクライナの戦争努力を支えてきたアメリカの支援にゼレンスキー大統領が十分に感謝していないと非難した。」
…アメリカ史に刻まれる会談となったのは間違いない。邪悪で強欲なアホを権力の座に就かせると、どんな凄まじい外交的大惨事が起こるかの見本としてだが…
www.bbc.com/japanese/art...
ホワイトハウスで激しい口論 ウクライナとアメリカ大統領の間で...

bbc.com
アメリカのドナルド・トランプ大統領とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が28日、ホワイトハウスで対面した。大統領執務室で記者団を前にした両首脳と政権関係者らは、外交姿勢などをめぐって激しく口論する事態になった。
「面接官のなかには、名乗ることを拒否し、政治的忠誠心について質問し、同僚同士を対立させようとした」と、彼らは辞表のなかで明らかにした。
「技術的な問題への理解が乏しい者もいた。多くは若く、イデオロギーに流され、政府の技術を向上させることへの純粋な関心よりもマスクへの憧れに突き動かされているように見えた」
イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2025/02/539139_2.php
newsweekjapan.jp
<連邦政府職員を大量解雇するイーロン・マスクの強引なやり方に反発したDOGEのハイテク人材21人が辞表を提出> イーロン・マスクが率いる政府効率化局(DOGE)の職員21人が、1月25日に辞職した。そ...
https://hanmoto9.tameshiyo.me/9784910446011?page=5
勝手にカウント調査とは、その名のとおり、カウンターをもって路上にすわり、好きな対象をかぞえる調査のことです。道を歩いていると、たまに簡単な椅子にすわってなにかをかぞえているひとっていますよね。あの調査には、出店場所を決めるとか赤信号の長さを決めるとか目的がありますが、この調査にそのような目的はありません。
hanmoto9.tameshiyo.me
日々、なにげなく通っている 歩道 や 街 の見えかたが変わる本。 14日間路上に座って、ひとの数をかぞえた記録。 「心細かった。いまからおれは池袋の路上で人の数をかぞえようとしている。街は日曜なりにそこそこ賑わっている。すわれそうな場所を探し歩くけれど、どこにすわっても白い目で見られる気がした」——(本文より) 歩道のすみっこに座る。前をひとが通る。親指でボタンを押す。カウンターがしめす数字が「000」から「001」になる。また、ひとが通る。親指を動かす——「002」になる。これを14日間続けながら、見えたもの、考えたこと、調べたことを記録した調査誌です。 ・どうして歩道には自分しか勝手に座っているひとがいないのだろう? ・コロナウィルス感染症による緊急事態宣言下の街路はどんなふうだったか? ・人を「数」として捉えるとは、どういうことなのか? ・かぞえるのに飽きてきたら、人は何をかぞえるようになるのか? ・この道はいつからここにあるのか? ・街ゆく人からどんなふうに見られ、どんな言葉をかけられたか? かぞえる対象は、通行人の数から、性別、姿勢、持ち物などと変わっていき、最後は? 連載陣による「マンガ」、「占い」、「フィクション」あり! 路上観察学の仕掛け人 林丈二による「絵巻物」あり! シリーズ創刊一冊目だからこそ、全力で冒険した一冊。
neoコーキョー1 勝手にカウント調査をはじめよう https://neokokyo.com/01.html

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