tenjuu99(天重誠二)'s avatar
tenjuu99(天重誠二)

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横浜美術館の「おかえり、ヨコハマ」展で、自分がへぇとおもったのは、松本竣介の「Y市の橋」についての説明で、松本は1942年くらいから「Y市の橋」を何度も描くんだけど、そのすこし前に同じ場所で描かれた風景には橋の親柱が描かれている。「Y市の橋」シリーズにはそれが無い。戦時中の金属不足のため徴用されてしまったためだ。 絵を見ているだけだとこういうことは気付かないもので、回顧展とかをやってその絵が堂々と並んでいても気付かない。でも、そう言われてみると、松本にとって、その橋にあるべき親柱がないということはどんな意味を持っていたのだろうか、ということが気になってしまう。それは取るに足らないことだったのか、それともその欠如こそが松本にその橋を描かせた動機だったのだろうか。その欠如が、松本にとって取るに足らないか重要だったのかはわからないが、彼と戦争との距離を示しているのではないだろうか。