小渕答弁があまりにセカイ系で90年代に覇権を握ったセカイ系がいまも続いていることを知った

tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
- SPACE NOBI
めちゃくちゃ笑った
国歌「俺が世」
「俺が世」でいいか。。
君の二人称用法はぜんぜんあるな
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
しばらく前からツイッターで君が代の異常解釈流れてくるなとおもってたけど、そもそも小渕恵三が元凶だったのを知らなかった。「君が代の「君」とは、相手を指すことが一般的で、必ずしも天皇を指しているとは限らなかったものと考えられます」って、いや天皇でなくても君主をあらわすのは自明でどうみても臣下の言葉じゃないすか。そもそも日本語の古語で「君」って二人称なんだっけ...?(くわしくないけど you とか thou の意味で使う用法があまりイメージできない)
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=114505254X04119990629&spkNum=5#s20

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1999年国会答弁の記録より、小渕恵三は次のように答弁している。 「議員御指摘のように、君が代の歌詞は、平安時代の古今和歌集や和漢朗詠集に起源を持ち、その後、明治時代に至るまで祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けてきたもので、この場合、君が代の「君」とは、相手を指すことが一般的で、必ずしも天皇を指しているとは限らなかったものと考えられます。 ところで、古歌君が代が、明治時代に国歌として歌われるようになってからは、大日本帝国憲法の精神を踏まえ、君が代の「君」は、日本を統治する天皇の意味で用いられてまいりました。 終戦後、日本国憲法が制定され、天皇の地位も戦前とは変わったことから、日本国憲法下においては、国歌君が代の「君」は日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代とは、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え、かつ、君が代についてこのような理解は、今日、広く各世代の理解を得られるものと考えております。(拍手)」
本日のmstdn.jpの停止の件、私の理解している範囲で簡単にまとめると、
・mstdn.jpのサーバはドイツにある
・ドイツでNGなものは駄目
・児童ポルノは確実に駄目
・テロ関連は確実に駄目
・サーバ業者から削除要請がくる
・対応まで1時間しか待たない
・時間切れでネットワーク遮断
・削除対応報告し解除を待つしかない
今回は、児童ポルノの削除要請への対応が1時間以内に行えなかったことにより、2025年4月16日 2:00頃から同13:40頃まで、ホスティング事業者の処置としてネットワーク遮断されていた。
残念ながら、児童ポルノ投稿を行うアカウントは絶えない。自由な気風のオープン登録サーバなので自然発生する面もあるし、悪意ある攻撃としてわざと行われることもある。
毎日止まらずに動いているのは、最悪の場合でも管理者が24時間、1時間以内に対応しているから。これはとても大変なこと。
変化が少なく、運営者の姿が見えないので利用者に実感はないと思うが、日頃の管理は行っている。でも間に合わないこともある。
Fediverseって、善意で運営されていることが多くて、サーバ管理者の顔(運営者の意向とか考え方)がみえやすい構造をしてますが、
運営のことを意識せず、自分勝手に使ったり、雑に扱ってもうしろめたく感じない場所がいいって人も多いんですよ。
だから、TwitterとかX、Blueskyの方がいいっていう人もいるっていう。
mstdn.jpは無法地帯だから好き、みたいなのもそういうヤツです。まあこれは今は昔、かな……。
エンジニアが自動的に?!
>エンジニアが数分以内に自動的に対応を開始し
エンジニア「うわぁ、身体が勝手に動いてハード交換をさせられている!」
https://ascii.jp/elem/000/004/263/4263547/

ascii.jp
AWS東京リージョンで障害 複数サービスに影響、復旧作業続く
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は、4月15日午後5時15分(日本時間)に、東京リージョン(AP-NORTHEAST-1)の特定のアベイラビリティゾーン(apne1-az4)でAmazon Elastic Compute Cloud(EC2)インスタンスに接続障害が発生していると発表した。
国家は打ち出の小槌を持ってるって話だから、いまのアメリカ見てればどうなるかわかるだろと思うけど、賢い人がやれば判断は誤らないと思っていそうなあたりやばいなとは思う。
あれ、国家による信用経済の創出という物語で、円の国際的信用も高いから、反新自由主義的なナショナリズムと相性いいんですね
日本のMMT派的な主張がナショナリズムと結びつくのが偶然じゃないことにいまさら気づいた
そりゃそうだろという感じだけどすごい。 ていうか54%残るのもすごい。
兵庫県は9日、今年度新規採用した総合事務職(大卒程度)の職員150人のうち、69人が辞退し、辞退率が46.0%に上ったことを明らかにした。 https://news.yahoo.co.jp/articles/d1a81ca8a6a63186321a366f30f8a5d4bf01af32

news.yahoo.co.jp
兵庫県、新規採用の4割超辞退 斎藤知事のパワハラ疑惑影響か(時事通信) - Yahoo!ニュース
兵庫県は9日、今年度新規採用した総合事務職(大卒程度)の職員150人のうち、69人が辞退し、辞退率が46.0%に上ったことを明らかにした。 昨年度新規採用職員の辞退率は25.5%。採用方式が異
絵柄かわいいけど、新キャラでてくると誰??ってなる。名前もになじみがなくて、前いたっけ?それとも新人?みたいな。
天幕のジャードゥーガル、帝国に暴力によって支配された者が、その暴力を忘れることができるのかみたいな話なんだな。新刊出るたびに「誰だっけこいつ?」みたいなのがなんどもあるけど、おもしろい。
杉田さんのこの記事、とにかく読みづらいというかある種の鬱陶しさがあるんだけど、自分がマティス展の記事でまあなんか燃えてたときに読みたかった応答ではある。自分の立ち位置を疑うというか。
「問う」だと「わたしたちは常識を再検討しているんです」というニュアンスが伝わらないのでそんなのじゃ資金調達できない。
「大きな物語の終焉」はともかくとして、「問い直す」「再定義する」はスタートアップ界隈の語彙に無事収まっている気がする。
トリックスターとしての自己像を演出しようとするのも痛ましいというか。滅びかけの恐竜なのかもしれない...。
芸術家が社会に対する他者としてふるまって、社会の常識を問い直すのが許されるのってもうだいぶ昔だなと感じる。いやというかそんな時期があったのかわからないが...(ダダあたりはそうだとおもう)。星の王子様的な。
恐竜は現代アート展の感想を書くときに「問い直す」「再定義する」「大きな物語の終焉」の使用を禁じられたので何も書くことができなくなり滅びた
記事中にあるフランコ・ビフォ・ベラルディによって企画された「アウシュビッツ・オン・ザ・ビーチ」というイベントが中止され、かわりに討論会がおこなわれたという話の経緯は興味深い。討論会で、ビフォの態度を「金融資本主義批判はユダヤ人批判の表れではないか」と反ユダヤ性を指摘され、会場には緊張が走るが、それに対してビフォ本人がではなく別の登壇者が「金融資本主義をユダヤ人の実践と決めつけることこそが、反ユダヤ主義なのだ」と答え、ビフォが回想するにそれによって議論が豊かになったと。対応のしかたそのものが創造的でなければならないということの事例として挙げているけど、自分がその立場になったらどうだろうということを考えてしまった。
別に美術の展示だけではなく、記事ではフーコーの少年買春について触れてもいて、自分の思考がそこに依拠する場合に、ではフーコーはキャンセルすべきなのだろうか?キャンセルしないのだとしても、一言も触れないのはまたなぜなのか?そういった杉田さんの逡巡を記事としている。それはたしかにかなりめんどくさい問題で、このような逡巡として表出するしかないともおもえる。
自分がだいぶ前に批判記事を書いてたマティス展についても触れられていて、批判がなにもなかったかのように振る舞うことを「衛生主義的な」と言っていて、そういうのはすごくわかる。
美術の展示などで、倫理的な(?)問い直しが展示の外から行われたときに、どう対応するのか。杉田敦さんがひたすら逡巡しつづける記事なんだけど、なんかすごくわかるというか...。 自分をある意味部外者として位置付けてそのように振る舞っていれば、自己の責任は問われることはないのだけど、自分が意識していない不誠実というものは無数にあって、自分が当事者でない場所なんてない。 https://www.art-it.asia/top/contributertop/admin_ed_columns/265067/

art-it.asia
【特別連載】杉田敦 ナノソート2021 #02「ドクメンタを巡るホドロジー(後)」 - コラム - ART iT(アートイット)
ドクメンタを巡る考察はマニフェスタを経由し国内の事情に向かうはずだった。およそ1年半の歳月を経て再開したホドロジーは改めて芸術を取り巻く環境を反省的に問い直していく。美術批評家の杉田敦による長編論考最新回。
rubykaigiかぁ
去年から浮世絵の古物市場も暴落にちかい感じになっているらしく、これも中国の買い手がほとんどいなくなったからだとか。


