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ここで人間がメタファーを成立させるために働かせているのは詩的直観みたいなものだと思っていて、デザインの目的は美であると言ってしまうのは、たぶんこういうところにもある。詩のなかでメタファーが破綻していたらつまらないと感じるように、そもそも一貫性はメタファーが成立するための条件としてある。

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「絵画は鏡である」も「絵画は窓である」もどちらもメタファーだけど、これは「何かヴィジョンを映しだす平面」という類似性によって成り立っている。一方の鏡は、このヴィジョンはそれを見る私と関係づけられるもので、他方の窓はそれを通じて透かし見られる世界と関係する。[鏡, 私] と [絵画, 私]の関係が類比的であるときにメタファーとして成立するし、[窓, 外界] と [絵画, 外界] が類比的であればメタファーとして成立する。

ある詩を考えてみて、「絵画は鏡である」として、その絵画に映しだされるヴィジョンが私の何かを示唆するものであると読めるが、その同じ詩のなかでいきなり「その絵から透かし見られる風景は」みたいな話がでてくると混乱することになる(「あれ、こっちが映ってるんじゃないの??」みたいな)。シュルレアリズム的な世界観を考えたらまあそれはいいのだけど、デザインにもってくるようなものではあまりない。メタファーが成立するには一貫性が必要だと言いたいだけなんだけど、それは世界観がちゃんと保持される必要があるということでもある。