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@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚's post

@seki_takanao もうちょっと言うなら、装飾を住むための技術だとするなら、郷くんがやっているのは podcast でも言っているとおりキャンプみたいなもので、広げて畳むというものです。装飾が部屋を飾るのは、部屋があり装飾があるという関係だけど、そうではない。テントのデザインが伝統的に反装飾であることを思い起こしてもいい。 マティスに関しては、継承と言いかえても同じことで、関くんが設定した文脈上では差異が見えないと思います。差異はいろいろあって、たとえば半不透明な色紙であること、和紙を染めて使っていること、キワの処理などなど。マティスとの類似性は当然意識しつつ、そことの差異は強く意識されているもので、もっと論じられてもよいと思う。そのために、「装飾」と「装飾的効果との類似」とを区別したほうがよいと思っています。論じられるべきなのは「装飾的効果との類似」であって、「装飾」と断じるのは早計だとおもう。

関くんの論法だと、グリーンバーグが抑圧したのは「装飾」であって、それゆえマティスの仕事の性格が埋もれたわけだけど、この問題は現在においてはもっと別な方向に現れているはずで、当時の問題設定を引いてきてしまうと現在の作家について論じられるべきポイントがちょっとズレているように感じられる。たとえばだけど、関くんの論点では「装飾」との関連で言えば近いといっていい今井さん(今井俊介)とかもまったく同じ論法で評価できてしまう。それが概念装置として荒いなと感じたところです。

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@seki_takanao 追記: 「それによって室内を飾っているように見える」とか「nobiを花園へと変換することを目的とした部屋の装飾を実践しているようにみえる」と関くんが書くように、この「ように見える」というのがミソで、それが「装飾」と「装飾的効果との類似」と言っているものです。あくまで「...のように見える」のであって、それは装飾的効果を持つがそれ自体ではないから「類似」なのです。

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@seki_takanao > テントのデザインが伝統的に反装飾

たとえばモンベルのこういう宣言とかね。

https://www.montbell.com/jp/ja/about/philosophy

Function is beauty 日本語では「機能美」。一切の無駄を省き、使いやすさや素材の特性を突き詰めたものにこそ美しさが宿ると考えています。

テントのデザインはかなりおもしろいよ。機能性がいかに重量とトレードオフ関係にあるかということが常に追求されていて、装飾の入り込む余地がない。じつはモダニズムの正統な継承者の一つ。