
tenjuu99(天重誠二)
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
@seki_takanao 象徴形式というのは、あとの時代の人文学者としての美術史家が、歴史を精神史として読み、時代の象徴を見つけだすための装置としてある。形式とは、トータルな時代精神が現れたものとしてある。それがパノフスキーが考える「象徴」だと言っていいとおもう。これはイコノロジー論文で言われている「深いイコノロジー」と同じもの。
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@seki_takanao 象徴形式というのは、あとの時代の人文学者としての美術史家が、歴史を精神史として読み、時代の象徴を見つけだすための装置としてある。形式とは、トータルな時代精神が現れたものとしてある。それがパノフスキーが考える「象徴」だと言っていいとおもう。これはイコノロジー論文で言われている「深いイコノロジー」と同じもの。
@seki_takanao@fedibird.com · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
@tenjuu99 めんどくさいなあ、笑。ほぼ同意んだけど、ぼくの読み筋はTJクラークを経由したもので、象徴形式を時代精神とはいわず、主体化の形式としてのイデオロギーといいたいのよ。