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制度的には女性が周縁化されていることはそのとおりで、とはいえ市場にはそれなりに活躍の場があり、制度含めたトータルな仕組みとして、女性画家が目立ってなかったわけではない。国家に組み込まれる芸術の枠にはほぼ女性は排除されていたと思うけど(それでもないわけではない)。制度史的なパースペクティブそのものが、研究中に「周縁化されたものとしての女性」というカテゴリーを生み出しているように見える。

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研究者の手付きによって周縁化されているものは、たとえばイラストである。商業イラストの領域は、洋画壇のエリートもいれば女性絵師もいる。鏑木清方が「口絵華やかなりし頃」とよんだのはたぶん明治30年頃のことだと思うが、これが制度的な芸術の登場で格下扱いにだんだんなっていった。とはいえ、当時そのような言説が登場し、芸術業界の制度化が進められたとしても、現在の研究者が当時のヒエラルキーを真に受ける理由はあまりないはずである。 当時は横山大観や菱田春草は売れなかったのに池田蕉園は売れていた。にもかかわらず、あとの目線からみて大観や春草らばかり調査、研究されるのは、現在の研究パースペクティブが男性中心主義に染まっているからではないのか。大観や春草も一時期イラスト仕事をやっていて、下手なのだけど研究者たちはたいてい見過ごしている。研究者がイラストを格下のものと見ているから見過ごすのだと思う。芸術というものをパースペクティブの中心に据えるからそうなるわけだけど、研究の制度そのものが明治に生み出された男性中心主義を内面化しているのではないのか。