
tenjuu99(天重誠二)
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読書、プログラミング、登山、ランニング、美術など いろいろ雑につぶやいています SPACE NOBI というアートスペースやっています
- SPACE NOBI
SNSがあるから世は大テキスト時代なんだけど、それだけにお金にならない
メディアはテキストではなく動画が中心になっていくというかほぼそうなりつつある。 テキストメディアは残るけど、箔をつけるためとか、まあまあ特殊な用途として使われる。もう広告がうまくないから、ビジネスとしてはコンテンツとしてのテキストを直接売るならともかく、ほかの用途としては書き手の実力とかをはかるためとか、なんとなくエラそうみたいな感じの用途になる。
(上記目次)
序論
第1部 エンゲージメントの芸術=技法と戦後初期の民主的文化
第1章 参加型文化と民主的文化
第2章 アートとエンゲージメント
第2部 前衛のドキュメンタリー――1950年代のルポルタージュ芸術
第3章 《あけぼの村物語》の物語
第4章 社会派ドキュメンタリー作品と運動としてのルポルタージュ芸術
第5章 前衛主義リアリズム
第6章 桂川寛、池田龍雄、中村宏
第3部 開かれた扉を開く――創美と羽仁進
第7章 創美セミナーに降り立つ
第8章 組織と運動としての創美
第9章 創美の哲学と教育学
第10章 羽仁進とカメラの創造性
第4部 九州派タルタル――野生と洗練の間の反芸術
第11章 英雄たちの大集会
第12章 九州派――三つの世界の間で
第13章 九州派の芸術
第14章 反芸術残酷物語
結――過去と未来の希望
原注
訳注
参考文献
索引
謝辞
危機の時代における希望――「訳者あとがき」に代えて
(上記続き)以下、版元の水声社さんのウェブサイトに掲載されている概要と目次です。
ーーー
1950年代、ルポルタージュ芸術から九州派、創造美育協会まで、創作活動は社会運動と深く結びついていた─―
特権的なものに抗い、新たな価値体系を樹立せんとした社会関与的な芸術の試み。そのネットワークをたどり、未だ汲みつくされることなき芸術゠社会的実践の可能性に光を当てる。
山本浩貴さんのFBより転載。読みてえ。
↓↓↓
翻訳を務めた本が刊行されました。
480ページの大著です。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=21335
原著はJustin Jesty, Art and Engagement in Early Postwar (Cornell University Press, 2018) です。7年前に刊行された著作ですが、いまなお重要性は色あせていないと確信しています。原著者のジャスティンさんには「日本語版のための序文」を新たに書き下ろしてもらい、訳者として現代日本のコンテクストから1万5千字超の解題を執筆しました。
《原爆の図》(丸木位里・俊)、ルポルタージュ絵画(山下菊二、池田龍雄、桂川寛、中村宏)、創造美育協会(創美)、九州派(菊畑茂久馬、田部光子、桜井孝身 etc.)、デモクラート美術家協会(瑛九、福島辰夫、靉嘔 etc.)、斉藤陽子(フルクサス)......と、これまで日本美術史のなかで十分に扱われてこなかった戦後初期の重要な作家や作品、運動について、日英の文献を幅広く渉猟して丁寧に検討した研究です。日本美術/戦後文化/政治的前衛 etc. に関心をもつ、たくさんの方に手にとっていただければ嬉しいです。

suiseisha.net
blog 水声社 » Blog Archive » 8月の新刊:戦後初期日本のアートとエンゲージメント
ハマース結成の理念――『イスラーム抵抗運動「ハマース」憲章』 清水雅子 イスラーム世界研究 第 4 巻 1–2 号(2011 年 3 月)441–475 頁 https://kias.asafas.kyoto-u.ac.jp/kyodo/pdf/kb4_1and2/27shimizu.pdf
このニューヨーク宣言というやつ、二国家解決とはいうがハマスの武装解除して代替となる軍事力が存在しないのならイスラエルはフリーハンドで武力支配できるようになるという話ではないの...。国連軍が入るわけじゃないんでしょ。イスラエルはそうするだろうけど。 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250730/k10014879031000.html

www3.nhk.or.jp
”パレスチナ国家樹立”国連総会向け支持呼びかけへ 国際会議 | NHK
【NHK】イスラエルとパレスチナの2国家共存による和平を推進しようと国連で開かれた国際会議で、統一したパレスチナ国家の樹立に向けハ…
中村義一は名前を出していないが、ここで言及されているのは富永惣一(国立西洋美術館初代館長)と今泉篤男(国立近代美術館次長、のち京都国立近代美術館館長)のふたり。
この44年の座談会について、中村義一「美術史の空白と暗黒」(『続日本近代美術論争史』)でも触れられている。
"また先の座談会(注:44年のではなく41年の座談会、41年の座談会はかなりすごい)の強圧的な物言いとはまったく調子の異なる軍部の態度がうかがえるのだが、それは「軍の美術、画壇に対するお考えが穏健すぎるのに驚いて居ります」と出席者の美術史家谷信一に言わせているほどで、始めは戦争に美術など無用の長物と考えていた軍部の認識を、戦争画による戦意昂揚の実際的効果が、大いに改めさせたということのようだ。もっと気になるのは評論家らの姿勢である。(...)柳亮が、この座談会中でも戦争画の効果を上げるために〈芸術の作戦本部〉をつくることを定言しているのは、驚くには当たらぬとしても、戦争美術研究会を軍の肝煎りでこしらえることを提案したり、美術にこれほど深いご理解があることを美術家に知らせたい、知ったなら画家も奮い立つであろうと、と真剣に話し合っていた評論家らが、戦後のこの国の美術の繁栄に大きな役割りを果たした新しい国立の美術館の責任者となった人たちだったことは、やはり気にしないわけにはいかない。"
一時期、仕事が嫌で仕方がない時に、会社で15時になると急須でお茶を入れ、菓子皿にミニ羊羹を配置して菓子楊枝で食べながら、「俺は既に隠居した身分なんだ…」と思い込むと心がスーッと軽くなるという、ご隠居ケアを実践していた時期がある。
1944年9月の「美術」という雑誌に掲載されている座談会、陸軍報道部から二人、美術史家、ほかは美術評論家が9人、司会は山脇巌という面子なのだが、時局からするとそうとう呑気な話をしているのと、陸軍報道部の秋山という中佐が時局的な美術とかもいいんだけど、敗走のなかでも静かな表現を生みだせるのは日本の芸術の良さなのではないか、みたいなことを言っていて、驚くほどリベラルな考えを吐露している。リベラルすぎて評論家たちがもっと戦争画をやろうと言う始末ですごい。陸軍にいて敗北必至とすでに内情がわかっているから、せめて芸術性のたかい表現が生まれてほしいというのがあったのかもしれない。
克服すべきなのは、シオニズムのような民族国家概念であって、決して国家としてのイスラエルを打倒することではない。市民権が民族によって制限されるべきではない。日本の問題と関連させて考えるべきなのはこういうことなはずで、日本だってシオニズム的なものがうごめいている。
どう考えたって、イスラエルの廃絶を国際世論が押すわけもない。そうするとこの主張は、全面戦争をしろという主張に等しい、しかもそれは一国家の廃絶を目指して行われる戦争だ。そんなものがどうして解決だと考えられるのか。
二国家解決を否定してイスラエル国家の廃絶を訴える人がいて、二国家解決に問題があることは理解するが、現にイスラエルに住むパレスチナ人のことはどう考えているのだろうか。イスラエルが植民地主義国家だから消え去ればいいというのは、アパルトヘイト体制の克服になるとでも言うのだろうか。二国家解決というのは、根本的に、イスラエルにおけるユダヤ人とアラブ人を分離するというアパルトヘイト体制であるから問題なのであって、イスラエルという国家を排除すれば解決になると考えるのはただの極論に過ぎないし、そもそもそれはどうやって実現するのだろうか。それはイスラエルを超える軍事力の行使によってしか可能にならない。アパルトヘイトの克服は、一国家のなかで民族による差別を無くすということではないのか。イスラエルに住むパレスチナ人が二級市民でなくなることが問題の解決につながる道なのではないのだろうか。
『戦争と美術 1937-1945』の論考を読んでいて、いまから20年近く前の論考なんだけど、議論が積み重なっている感じがあんまりないなという感じがする。いま近美の展示でも、美術館当事者、メディアからでてくる声からは、戦争画とはある種の「腫れ物」だという感じがうかがえる。近美は20年前よりは積極的に戦争画を展示・評価してきたけど、それでもずいぶんおっかなびっくり展示しているわけで、またそのおっかなびっくりにいらぬ推測をメディアが書きたててしまう。「もはや戦後ではない」どころか、いまだに傷が癒えていないと思っているからこれだけ腫れ物に触るように扱わざるを得ない。
近代美術は階級的自己意識の相関物としてある、その意味で美術とは自己表現であり階級的な自画像だと思うんだけど、戦争画はまさにこうしたナルシスティックな回路に支えられていて、国民的自画像みたいなものとして描かれている。
大東亜戦争が列強帝国主義からの解放だっていうんならなんで中国と戦争継続するのがOKなのよ。 というのは素朴な疑問としてあるけど、それも4年間総力戦戦争状態に置かれてみないとわからないことなのかもしれない。
ルンプロは革命的主体になりうるのか
オンラインMTGでPCの画面うつして、ブラウザの開いているタブいくつか移動してたら西麻布の母のTL見てるタブが映ってかなり恥ずかしかった
ほっこりニュースなど。
お寺さんによっては、そういう情報をよそ者の研究者には委ねたくないと秘匿しているとも聞く(実際に実家方面の古刹について調べものをしてたら、遠回しにそう解釈できる話が返ってきたこともあります)。信仰のための場所なのでそれもありですが、開示してくれるのはありがたいし、学生もいい経験ができたよね。
https://withnews.jp/article/f0250820000qq000000000000000W08r10201qq000028198A

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寺に眠る「お経600巻」大学生が調査したら…「文化財」登録の快挙
大学生のグループがお寺に眠っていた江戸時代の古いお経600巻を調べたところ、地域における江戸時代の仏教信仰のあり方を裏付ける貴重な史料であることが分かりました。お経は今春、東京都板橋区の有形文化財に登録されました。指導にあたった歴史学者で…
語り得ぬものについて沈黙を守るためにゃーんとしか発話できなくなったなにかたち
哲学くさくて深いっぽい話(?)といえば、「戦争と美術 1937-1945」に掲載されている椹木野衣の「「戦争画」をめぐる広大な密室」という文章が「基礎論の欠如」だのなんだのぐちゃぐちゃ哲学ふうなことを並べるだけでまじでおもしろくなかった。びっくりするようなつまらなさで、そうながくもない文章なんだけど全文読んでない。
大山クマでるのか




