@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

解像度が低くて、想像力による補いがたくさん必要なのがクールで、自己充足的で自己記述的なのがホット。解釈みたいなことが起きるのは後者なんだけど(解釈のための注釈がテクスト内部に埋まっていて「内部」を取り出すことができる)、クールなメディアが伝える情報は「解釈」という読解行為より連鎖反応とかそういうのが起こりがち、みたいな性格がある。

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@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)

Smalltalkのことを考えていたんだけど、ケイの想定として

receiver message

みたいな構文があり、メッセージの解釈はレシーバーの自由に任されるというのは、クールなメディアの性格で、レシーバーが受けとるメッセージは自己記述的ではない。Smalltalk では 3 + 4 は 3 が + 4 というメッセージを受け取るけど、このメッセージをどう解釈しようとレシーバーの自由である。そしてこういう性格は、この言語環境が Smalltalk と名付けられたとおりお喋りがモデルになっている。 ところで、Smalltalk-76になってクラスブラウザとかでてきてみると、これは現代のLSPとかにもっと近くて、読むべきテクストみたいになってくる。それに合わせて、クラスも自己記述性が高くなり、文芸的プログラミングみたいな自己説明をするようになる。これはマクルーハン的にはホットなメディアである。 Smalltalk なんかいま使っていないけど、いまの多くの人にとって、プログラムを「読む」態度は脚注含めて「テクストを読む」みたいな態度にちかくて、お喋りとは遠い。