@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
「もの派とポストもの派の展開」(1987)の峯村論考読んでると、もの派によって「ものを作らない」という態度が強力に押しだされたが、ポストもの派はそれへの反発・批判として制作や実践という概念を持ちだしたという、現在でもしばしば言われる言い方で整理している。制作の放棄から制作への回帰というほど単純ではなくて、ポストもの派の「制作」というのはルールを決めてそれに従うといったようなシステマチックな作業である。 峯村の整理はまあそれで別にいいんだけど、70年ころの全共闘とか「労働」という観念の同世代的な了解がどうなっていたのかとかが気にはなる。もの派からポストもの派を読み直すことで労働観の変遷が読みとれたりしないものだろうか。