@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to 関貴尚

@seki_takanao 雑誌がないからと書いてたけど、評論誌というものがあって、岡﨑は批評空間がその発表場所だったし、これはなにかしらの専門誌ではない。浅田も柄谷も自分の枠組みで何でも語ってみるのは評論誌というフォーマットと合わせてそうなっているとおもう。こういう評論誌はアジェンダセッティングの機能があるんで、特定領域にこだわっていない。いまはほとんど論争なんて存在しない(メディアがないか弱くなりすぎたから)。

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@seki_takanao@fedibird.com · Reply to tenjuu99(天重誠二)

 批評誌というフォーマットがあったからこそというのはその通りだね。あと、雑誌文化がつくった座談会という形式自体もいまはほとんとなくなったというのもあるよね。