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ヒトラーの真の敵 芸術の政治化のために 田野大輔 https://www.i-repository.net/il/user_contents/02/G0000031Repository/repository/keidaironshu_054_003_095-113.pdf

ファシズムの「政治の美学化」に対して「芸術の政治化」をもって答えようとするベンヤミンの考えを敷衍して、どうした表現が「芸術の政治化」として抵抗運動たりうるかを整理した論考。 この論考は、ベンヤミンをテーゼとしてだけでなく、実践レベルで検討していて、いろいろ参考になるなとおもいつつ、限界を感じる。「政治の美学化」という命題じたいが間違いなんじゃないだろうかという気もしている。とくに問題なのは「政治の美学化」が有効に機能するには、おそらく人種主義と検閲という二つの力が必要になっているはずで、というのも美学化された政治が徴発するのは同胞意識と排他感情で、またそうしたときに「何が敵であるか」を決定する検閲システムこそが、この美学を駆動している本体であるように思われるのだけど、ここで述べられている実践だけでは端的に検閲システムに対して、なんら抵抗力がないとおもう。

ベンヤミンが期待をかけていたのは、複製技術の発達ということであるだろうけど、現代がハイパー複製技術とでも呼びうる時代になってみて、それでもなお政治的権力はさまざまな場で強力な検閲を実行することができる。検閲を潜りぬけるための技術的諸条件を、ベンヤミンが生きた時代に考えぬくことは不可能だっただろうけども、いまはたぶんそれを考える必要があるのだとおもう。

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