tenjuu99(天重誠二)
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net
「カーストとデザイン」を読んで、浮世絵がヨーロッパにおいて「民衆が民衆じしんを描く」という反芸術的な所作として受容されたのに、日本では恥部として抑圧されたのって皮肉だなという気持ちになった。
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「カーストとデザイン」を読んで、浮世絵がヨーロッパにおいて「民衆が民衆じしんを描く」という反芸術的な所作として受容されたのに、日本では恥部として抑圧されたのって皮肉だなという気持ちになった。
@tenjuu99@hollo.tenjuu.net · Reply to tenjuu99(天重誠二)'s post
美術史の研究対象から長いこと漫画が排除されてきたのは、明治に確立した制度的な美術というものが浮世絵を抑圧してきたこととあきらかに関係がある。とはいえ、岡倉一派が諸派を統合した日本画という鵺を創造している際に、浮世絵画派もその一部だったのだけど、浮世絵画派は制度的な芸術に参入するにあたって自らを「やまと絵」一派だと自称するに至り江戸的・職人的な背景をパージすることになった。ここで雑誌カルチャー的なものと芸術的なものとの分裂が決定的になったわけで、前者を受け継いだのが漫画的なものだという見立はおかしくない。じっさい岡本一平は明治中期までの浮世絵画派の雑誌上での活躍を漫画前史として把握している。日本画運動は、当初においては明治初期の四民平等的な観念にもとづいていたとおもわれるが(ゆえに浮世絵もその一部だった)、内部的にはあからさまなヒエラルキーを抱えていて、江戸的な序列の解体から明治的な序列(天皇制/男性中心主義)を再構築することになる。浮世絵は江戸期には吉原などの宣伝と重なっていたから大人の男性(しかも金持ち)が観るものだったはずだが、それが明治期には「女子供のもの」として見られ侮蔑されるようになる。これは一方において「男性的な」美術のカテゴリーがあったわけで、学校などの制度内で制作される美術がそれである。 日本画はすでに空洞化して久しいけど、戦後にいたってもこのヒエラルキーはしばらくイデオロギーとして有効に機能していた。村上隆の登場前後でこのイデオロギーがようやく再検討されることになる。