tenjuu99(天重誠二)@tenjuu99@hollo.tenjuu.netあとで読む https://note.com/tanahashi/n/n667ddd1e7e1c note.com庭の話/宇野常寛|棚橋弘季 Hiroki Tanahashi「家」はかつて生活の場であるだけでなく、生産の場であったことが知られています。 現在(いや、正確にはすこし前まででしょうか)の核家族のように親子が仲睦まじく、親が子を扶養する(さらに前なら夫が妻も扶養する)形態の生活共同体であっただけでなく、子どもも含めて一家総出で働くことが当たり前だった農村、漁村に代表されるように自営業・中小企業のような生産の場でした。 実際、1897年の時点では日本の第一次産業従事者は72%であり(同時期、米は37%、英は9%)、その後、総人口が増え、それが都市部の人口だったので、地方の一次産業人口の割合が相対的に減ったものの1940年まで一次産業人口は減らなか